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天草中央総合病院の整備事業

 旧天草中央総合病院は昭和46年に建設された建物を中心に病院運営されていたが、建物の老朽化が進んでいた。平成20年8月に行った建物耐震診断において安全基準を下回る結果が判明し、「医療施設耐震化臨時特例交付金」を活用して、施設整備計画に着手した。本稿では、天草中央総合病院の整備事業をレポートする。

より近代化された新病院誕生へ

健康保険天草中央総合病院院長 竹口 東一郎

病院立地と周辺

 天草中央総合病院は熊本市より南西約100kmに位置し、5つの橋によって九州宇土半島と陸続きとなった天草郡市の中心部にある。平成18年に2市8町が合併し2市1町となり、診療対象人口13万人である。昨年12月よりドクターヘリの運航も始まったが、熊本市内の3次救急病院まで車で約2時間の距離である。この距離ゆえに受診者の98%は天草在住者であり、33%の高齢化率で老老介護、老齢者独居の世帯数も多い。

病院沿革

 当院は国民健康保険連合会病院として、内科外科小児科25 床で昭和21年に開設された。昭和33年全国社会保険協会連合会が開設者となり、昭和46年、有明海から長崎県島原半島普賢岳を望む現在地に200床の病院として新築移転となった。その後診療科16科となり、昭和63年に健康管理センター、平成7年には100床の老人保健施設を併設した。救急、県がん診療連携拠点、産科中核、災害拠点、感染症などの指定をうけている。入院患者の約30%はがんの患者様であり、年間400件の分娩に携わる。また医療機器も、放射線治療装置、血管撮影装置、CT2台、MRI、シンチと病床数としては重装備である。

 

 外来患者数は1日平均約400名、平均入院日数15日、紹介率約50%である。

病院建設に向けて

 現在の病棟は、昭和46年に建てられ老朽化が進み、建て替えに向けて隣接地を購入し、当初の計画では5年ほどの年月をかけ設計着工という心づもりであった。そこに降ってわいたように耐震補助事業の連絡があり、検査の結果、耐震不足と判明し、新病院建設に向け急遽スタートを切ることになった。ただし補助を受けるには、当初着工が23年3月という規定があり、計画は待ったなしで進める必要に迫られた。

 

 最初の計画の段階で、老人保健施設、立体駐車場を残すことは問題なかった。一部の外来診察室、放射線治療機器、MRI、シンチなどを設置している63年建設の健康管理センター棟を残せるのかが、課題となった。建設予定地は住宅地のため日照権の縛りがあり市道譲渡、健康管理センター棟問題は設計に大きく関係する重要課題であった。さらに医師不足も関係し将来像が描きにくい状況での、非常に波険しい出発であった。

 

 このような時に近代化センター(健康都市活動支援機構)のことを知り、この急ピッチの作業を乗り越えるためにぜひ力をお借りしたいと考えた。

設計

 設計は山下、村田設計に決定した。近隣住民、天草市との粘り強い交渉により、幸いにも通行可能な状態で残すことを条件に市道の譲渡許可を得た。これにより日照権が大幅に緩和され、病院外観の自由度が増し、敷地の有効活用が可能となった。またこの時期は社会保険病院の設置母体の変遷の過渡期であった。基本設計、建設費用の返済計画を練り上げ建設許可申請を提出するものの、県、全社連、RFO、厚生労働省と何段階もの事務的手続きが必要であり、耐震補助事業の締切期限は刻々と迫っていた。

病院の将来像に沿った基本設計

 4月12日、念願の建設許可が下り、基本設計から本設計へと計画は進められた。老人保健施設との連絡通路、多くの高齢患者様、人工透析センター、健康管理センター、年間400例の分娩、がん診療連携拠点病院としての診療機能などを中心に基本設計がされた。現在のまま残る老人保健施設には100名の入所者、デイサービス、リハビリ施設、歯科口腔外科もあり、病院と連結し、入所者の診療、入院外来リハ患者様が最短で往来できる通路が必要とされる。

 

 分娩での入院療養環境をより快適にするため、産婦人科病棟は個室を多くしシャワーも完備し、帝王切開など緊急手術に可能な限り早く対応できるように産婦人科外来と病棟は2階にまとめ手術室も隣接する配置とした。

 

 MRI、放射線治療装置は新調し、年間約1000回施行する化学療法のうち約半数は外来で行っており、そのための外来化学療法室は、急変時の対応がしやすいように救急外来とは通路ひとつで隣接とした。2階の抗がん剤調剤済みの薬品は化学療法室へ、直接薬剤エレベーターで運べるようにした。また血液疾患が多いことを考慮し無菌室を2 床設置、さらに緩和治療をより快適にできるように、緩和病床10床の設置などが計画された。感染症病床4床、結核病床は今まで利用率が低く20床から2床に削減した。

 

 健康管理センターは放射線検査機器を病院と共有できるように配置し、放射線技師などの動線を短くした。

 

 紆余曲折はあったものの、耐震補助事業交付金が認可され、本設計が終了し、入札の結果、建築業者は大林組に決まり23年9月22日着工の日を迎えることができた。

 

 この新病院建設に並行し、それまでオーダリングシステムであったが、軌道に乗った状態で新病院に設置できるように、23年12月電子カルテ導入を行った。移転終了後は電子カルテ端末も充実し、より一層近代化された病院が誕生するものと期待している。

 

 総合図による詳細な打ち合わせも順調に進み、職員の知恵を総結集し近代化センター(健康都市活動支援機構)のアドバイスをいただき、建設は着々と進んでいる。

「隣地活用+市道払い下げ」による効率的な病院建替え計画

株式会社山下設計九州支社 加納 久典・田中 宏和

プロジェクトの概要

 天草上島と下島間にかかる瀬戸大橋から右手にみえる健康保険天草中央総合病院は、174床の天草中央総合病院・健康管理センター・100床の介護老人保健施設「さわやかランド」が一体となって天草・上天草市域の地域医療を担っています。

 

 現在の病院は昭和46年に建設された建物を中心に病院運営されていますが、建物の老朽化が進んでおり平成20年8月に行った建物耐震診断において安全基準を下回る結果が判明し、「医療施設耐震化臨時特例交付金」を活用して、今回の施設整備計画に至りました。私ども山下設計・村田相互設計企業体は、医療施設近代化センター(健康都市活動支援機構)による基本計画を引き継ぎ、平成22年5月より基本設計を開始し、約1年の設計期間を経て、平成23年7月に工事入札、着工することができました。

 

 新病院は1階に、医事課、検査部門、外来部門、放射線部門および、救急外来、化学療法室、内視鏡室、2階に健診部門、人口透析、手術・中央材料部門、産科・婦人科外来および病室、薬剤部門、医局等を配置しています。3、4階は病棟で3階に緩和ケア病棟を配置しています。なお、病床数は許可病床数の10%減の155床で全体を計画しています。また、新病院は、2階から4階で既存の介護老人保健施設「さわやかランド」と渡り廊下でつながれることで、病院と一体になって地域医療に、さらに貢献できる施設を目指します。

建替え計画の基本方針

 新病院は、現在の病院敷地の北側の市道を挟んだ駐車場用地(病院所有)3,270㎡を活用して建替え工事を行います。駐車場用地に、一度にまとまった規模の1期棟を建設することによって、2期工事以降の建替えをスムーズに行うことが可能となりました。また、今回計画で最も特徴的なことは、天草市より市道の払下げを受けたことです。これによって、当該道路からの斜線制限や、駐車場用地3270㎡の容積率上限200%という制限が無くなり、より自由度の高い計画が可能となりました。市道の払い下げを受け一体となった敷地面積約13,024㎡を最大限に活用し、病院として理想的な計画を実現できました。

市道払い下げの経緯

 基本計画段階における様々な検証より、新病院の構想としては、市道の払い下げを受け、現病院敷地および隣接する駐車場用地を一体的に整備することが、より望ましいと判断されました。それを受け、平成22年5月の基本設計開始と同時に関係機関との具体的な調整に入り、平成23年4月に払い下げが完了しました。その過程において、市側より払い下げの条件として大きく3つの内容が示されました。

①払い下げ道路は、今後も引き続き、近隣住民の日常利用に供すること。

②駐車場用地の北側および西側敷地境界線をセットバックし、道路を拡幅すること。

③払い下げ道路に埋設されている公共施設は全て病院負担により迂回させること。

 以上を踏まえて本計画の基本設計をまとめました。

 

以下が、建築確認申請までの大まかな流れです。

・2010年5月~ 2010年9月:開発許可等関連法令事前協議(関係部署との法規制の確認)

・2010年9月: 市道払い下げについて議会にて仮承認

・2010年10月:都計画法第32条同意

・2010年12月: 市道払い下げについて議会にて正式承認

・2010年11月~ 2011年3月:開発許可申請

・2011年4月:都計画法第37条申請

・2011年5月:確認申請提出

ローリング計画について

 建替回数が多く、複雑になると工事費が増大するだけでなく、病院への負担増にもつながります。今回計画においては、全体を3期に分け、Ⅰ期工事にて主に診療、病棟部門の大部分の増築を行い、Ⅱ期工事では管理部門と一部の病棟の増築に充て、患者様に与える負担を最小限に抑える計画とします。Ⅲ期で「さわやかランド」と接続する渡り廊下を建設します。ローリング計画上、特にポイントになったのは、「さわやかランド」にある2施設の共同給食調理室が今後も継続運用されることでした。工事中のいかなる段階でも、給食を屋内経由で新病院に速やかに届けることができるよう計画しています。また、狭隘な現敷地において、安全な解体工事が実施できるよう配慮しました。

 

○Ⅰ期工事の概要

 計画地は現在、平置きの駐車場となっているため、既存病院の運営に支障を与えずに建設が可能です。新病院の延床面積の約73%を一期工事にて建設します。独立タイプで計画した新機械室棟も一期工事にて、既存敷地内の空地を活用して計画します。一期工事完了時点で「さわやかランド」の給食調理室からの搬入経路確保のため、仮設渡り廊下を設置します。

 

○Ⅱ期工事の概要

 既存病院の一部を解体して、新病院の残りの部門(管理部門、薬剤、各病棟の一部)を増築します。Ⅱ期工事にて全ての病院の機能は新病院に移行します。

 

○Ⅲ期工事の概要

 給食搬入経路を維持したまま、既存病院の西側半分を解体し、「さわやかランド」との渡り廊下を建設します。

 

 渡り廊下が完成したら、引き続き残りの既存病院の東側を解体撤去します。その後、外構工事の整備を行い全工事が完成します。

Ⅰ期工事
Ⅰ期工事
Ⅱ期工事
Ⅱ期工事
Ⅲ期工事
Ⅲ期工事

明確な骨格(動線軸)を持ち、来院者全ての方々にわかりやすい平面計画

 病院建築は、常に進化する医療技術、医療設備、患者様へのサービスなどに、将来にわたり柔軟な対応が求められる施設です。施設としての骨格(主要諸室のゾーニング、人の動線軸、設備幹線ルートなど)を明確にして、日常のメンテナンスはもとより、大規模改修などにも柔軟に対応できる建築システムを構築することを目指しました。1階の外来廻りにおいては、リニアなホスピタルストリートを計画し、これに沿って設備インフラの幹線ルート、設備シャフト、ELV縦動線を配置しました。そうすることで、初来院の患者様にとっても、利用しやすい各部門の配置の明確化と分かりやすいゾーニングの形成に努めました。

断面計画

 計画敷地の北側には住居があるため、建物の高さを出来る限り抑える必要がありました。コストが抑えられる在来のRC ラーメン構造にて、必要最低限の階高、スパンを検証し採用しました。一般室より高い階高が必要となる手術室は上層階のフレームから外すことによって、建物全体の階高全体が必要以上に上がることを避けています。

構造計画

 構造フレームの剛性が一般部より格段に大きいライナック部分を、エキスパンションジョイントにて、本体から切り離すことによって、本体の構造フレームがライナック部の影響を受け偏心することを回避し、病院全体の躯体量の低減を図りました。  

コンパクトホスピタルの追求

 病院の経営において、施設の建設費をどこまで抑えられるかは最大の課題の一つです。病院としての施設性能を落とすことなく建設費の圧縮を実現することは、設計段階の技術力に負うところが多く、その責任は重大であると認識しています。複雑な与条件の下ではありましたが、建築意匠、構造、電気設備、機械設備、医療設備計画、の全てが総合的にバランスのとれた病院設計を実現するために、できる限りコンパクトで合理的なプランを目指しました。

おわりに

 本プロジェクトの建替手法が、病院規模拡大に伴う敷地狭隘化に苦しむ数多くの病院にとって、有効な改築手法の一つとして参考となれば幸いです。工事はまだ始まったばかりであり、こらからも乗り越えるべき課題も多くあると思いますが、ご指導いただいている医療施設近代化センター様はじめ、天草中央総合病院の関係者の皆様、現在施工中の大林組はじめ工事関係者の皆様に対し、ひとまず感謝の意を表させていただきます。

問題・課題は解決することを前提に計画を進めていくことが大切

医療施設近代化センター常務理事 吉村 重樹

 健康保険 天草中央総合病院耐震化整備工事プロジェクトとの出会いは3年前の平成21年6月24日、全国社会保険協会連合会の「施設整備担当者研修会」であった。全国の社会保険病院・老健施設、57施設・66名の方が2日間にわたって受けられたカリキュラムの中で、当センターから岩堀常務理事が3時間の講演を、筆者は「建設費圧縮の要点・経営の健全性を確保する」というテーマで、1時間の講演と質疑応答をさせていただいた。その要点は下記である。

 

① 他の業界の建設コストに比べて医療施設の建設コストは割高である

② 一方医療界を取り巻く経営環境は非常に厳しくなっている

③ この状況の中で地域の皆さんに良質な医療を継続的に提供していくには、老朽化した・狭隘化した施設の近代化を図る必要がある

④ しかし、そのための初期投資が経営を圧迫し、経営の健全性が維持できなくなっている現実がある

 

 これら病院建設を取り巻く現状を踏まえ、施設整備計画の手順と留意点について、わかりやすく一言でいうと「身の丈に合った病院づくり」をすることが非常に大切であるということをお話しさせていただいた。その言葉を強く“感じて”いただいたお一人が、天草中央総合病院の光嶋次長(現事務局長)であった。最前列の向かって左側の席におられ、熱心にいくつか現実に直面しているという問題の質問を受けた。

 

 それから約3カ月後の9月10日、岩堀、吉村、橋本の3名で病院を訪問し、竹口院長、大久保事務局長、光嶋次長、井上経理課長とお会いした。竹口院長より病院の概要・現状について説明を受け、当方からセンターの業務概要についてご説明申し上げ、建設費の動向や状況、投資額や今後のスケジュール等について意見交換を行った。

 

 その後10月27日に再度訪問し、意見交換の場を設けた。その中で、直面する問題・課題が明確になった。

① 耐震化補助を受ける(結果待ちの状況)場合23年3月までの着工が条件である

② 病院と駐車場の間にある市道の買収、廃止の目処が立っていない

③ 25年経過した建物で老朽化も進み、また現実問題として屋根の防水等緊急を要する無駄な経費が発生する状況にある

④医師不足による描きにくい将来像

 

 しかし一方で、これらの解決を待っていたら23年3月着工は難しい。限られた時間の中で本プロジェクトを推進するためには、解決することを前提に計画を進めていくことが大事である、との認識を共有した。

 

 11月9 ~ 10日で現地調査を行い、12月11日第1案の提案を行った。以後22年6月17日の10案まで、毎月建設委員会の皆さんと、時には激論を交わし、言いにくいことも申し上げ、基本計画をまとめ上げることができた。

 その後の経緯は竹口院長の稿にあるとおりである。

 

 いよいよ工事を進めるに当たって当方より、光嶋次長、山下、村田相互、大林組の担当者に口酸っぱく訴えたのが、「本プロジェクトを『チーム天草』と命名し、病院・設計者・ゼネコンが心を一つにし、お互いの知恵を出し合って皆が満足できる作品にしよう」ということである。

 

 現在、工事は無事故で着々と進んでいる。最後まで「チーム天草」が乱れることなくプロジェクトが完遂することを願っている。

プロジェクトを成功に導く「実行しない」リスクへの挑戦

株式会社大林組九州支店

医業経営コンサルタント

田中 裕一

はじめに

 当社は平成23年7月の入札にて、工事名「健康保険天草中央総合病院耐震整備工事」(表1)を受注しました。

 

 これによって初めて天草プロジェクトに参画し、チーム天草」への第1歩を記しました。それはまた、プロジェクトリスクへの挑戦の始まりでもありました。以来この1年間、プロジェクト成功のために挑戦を続けています。

施工者にとっての「チーム天草」とは

 「チーム天草」の命名は、特定非営利活動法人 医療施設近代化センターの吉村常務理事です。今では施工関係者の多くが「チーム天草」を意識してプロジェクトに携わっています。

 

 施工者にとっての「チーム天草」とは、プロジェクトを成功に導くために行なうリスクに挑戦する仕組みのことです(図1)。

 

 施工者が建設中に様々なリスクに挑戦することは当然のことです。しかし天草で行っている内容は施工分野のみにとどまらず、医療施設近代化センター様の指導の下、プロジェクト全体に関わるプロジェクトリスクに挑戦するものです。

プロジェクトリスクとは(図2、3)

 ここでいうプロジェクトリスクとは、プロジェクトに悪影響を与える要因だけではなく、プロジェクトの業績を、改善できる機会を見過ごすリスクのことです。

 

 プロジェクト自体、施工分野および自社に直接悪影響を与えるリスクは認識しやすく、施工者も日々予防措置や対策を講じています。しかしプロジェクトそのものの業績を改善できる機会を見過ごすリスクについて、施工者は認識しないことが多いのが実情です。

 

 なぜ天草プロジェクトではこのようなリスクへの挑戦を行うのか。本来設計施工分離発注方式の場合でのゼネコンに与えられた使命は、図面をまず忠実に実現することです。

 

 しかし今回のプロジェクトでは、「チーム天草」の存在がプロジェクトにとっての利益を優先するということを導いています。

 

 プロジェクトの利益とは、まずゼネコンが先に適正に利益を上げるということではありません。プロジェクト参加者、特にまず施主がプロジェクトから利益を得るということです。


「設計施工分離」発注方式と「設計施工一括」発注方式の違い

 「設計施工分離」発注方式でプロジェクト自体の利益を向上させるために、施工者が独自の技術力を導入することは実はかなり難しいことです。

 

 「設計施工分離」発注方式とは、設計は設計事務所、施工は建設会社で行う形態であり、一方「設計施工一括」発注方式は、設計および施工を一緒に建設会社で行う形態です(表2)。

 

 建設会社が設計から施工まで行うことができる「設計施工一括」発注方式では、建設会社が持つ独自の技術力を設計段階から検討し導入することが比較的容易にできます。しかしながら「設計施工分離」発注方式では、建設会社が持つ独自の技術力の取り込みは限定的になりがちです。

 

 その理由としては、

①独自の技術力を導入するにも工期の制約がある

②施主、設計者および監理者の理解が得られない

③建設会社自身が施工分野でのリスクに制約され提案を控えるが挙げられます。

 

 以上の制約を超え建設会社が持つ独自の技術力を取り込む仕組みこそ「チーム天草」だと考えています。

「チーム天草」での代表的施策について

 「チーム天草」にて行う施工者の大きな施策は、表3のとおりです。

①契約金額の圧縮方策

 入札金額と病院様が予定されていた契約金額の開きが大きかったため、設計者と協議を行って様々な提案を行いました。ここでも医療施設近代化センター(健康都市活動支援機構)の指導力がいかんなく発揮されました。

 

②施主との共同での事業手続き

 例えば今回耐震補助事業の一環で行われていますが、施主にとっては手続きが何かと不慣れなことがあります。施工者は手伝うくらいなら通常行いますが、今回はかなり積極的に共同で手続きするイメージで行いました。

 

③病院情報システムおよび医療機器工事の建設工事工期内での同時施工

 通常では建設工事と病院情報システムおよび医療機器工事は別々に発注されることが多いところを、施工者が病院情報システムおよび医療機器工事を含めて工事を行うことで、施主の事務処理軽減、全体工期短縮などプロジェクト全体の利益を向上させようというものです。

 

④特にハード面からの病院経営改善提案

 施工中に診療報酬の改定、行政動向をにらみながら、施工中ハード面を変更することで病院収入の向上に寄与する取り組みです。

 

⑤工期短縮への挑戦

 これについては、以下に詳しく事例紹介したいと思います。現在まだ進行中の施策ですが、プロジェクトリスクへの挑戦の代表的な事例だからです。

工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】の概要

 まず、工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】について概要を説明します。

 

「当初計画」と「Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画」の大きな違いは、「②検査棟先行解体」(図4中の左下)をするかしないかです。ちょうど検査棟のある場所にⅡ期工事の建物が建つため、単純に考えると検査棟を先行して解体できれば、Ⅰ期工事とⅡ期工事が同時にできることになります。

 

 大きなメリットとしては、全体工期および新病院グランドオープンがともに5カ月短縮できることです。それによりベッド数が35床分当初計画より5カ月早く使え、収入増加が見込めます。収入増だけでなく、早く大きな工事を終わらせることで近隣および患者様にも良い影響を与えます。

 

 しかしながら事態は、そんなに単純なものではありませんでした。

工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】の問題点1

 最初にぶつかった問題は、検査棟に入っている病院機能を解体する前にどこに移転させるかでした。検査棟に入っている主な機能は人工透析ぐらいかと思っていたのですが、そのほかに、透視室、特殊撮影室、放射線科外来、CT、生理・生化学検査、麻酔科など多くの病院機能がありました。これだけの機能を解体前に仮移設させるだけでも大変な仕事です。医療機器が移設できるかどうかの検討、移設場所の選定、移設先の改修工事が必要となってきます。

工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】の問題点2

 さらに最大の問題は、検査棟自体が古い建物であるため解体ができるかどうかの検討が難しいことでした。

 

 古い建物は埋設配管と呼ばれる配管がコンクリートの中を走っている場合があります。埋設配管に病院機能にとって重要なケーブルが走っていて、知らずに解体すると病院機能に重大な影響を及ぼすことになります。埋設配管を探すにはX線でコンクリートの中を調べるしかありません。調査には長い期間とお金がかかります。

 

 埋設配管の問題だけでなく、天井裏などにどのような配管がどのように入っているか、先行解体するのに他の既存病院の建物の構造に支障がないかなど様々な問題にぶつかりました。

工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】と「チーム天草」

 様々な問題点から、当社では計画中止を検討するまでになりました。それを思いとどまらせたのも「チーム天草」でした。通常のプロジェクトだったらあきらめていたと思います。

 

 施工分野のみではリスクが大きすぎると判断される方策でも、プロジェクト全体に視野を広げて考えた場合、実施したほうがよい典型的な例が今回の工期短縮方策と思います。

 

 プロジェクト全体の利益になる方策をと、施主、総合監理および設計監理をはじめとして関係者全員が前向きに検討する「チーム天草」の信頼関係がなかったら実施検討に入ることはできませんでした。

 

 実施検討は具体的に、以下のプロセスを重ねました。

①総合定例会議および個別検討での議論

②調査開始

③工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】実施可能性の検討

④工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】詳細計画見積

⑤総合定例および個別協議

⑥工期短縮方策【Ⅰ期Ⅱ期同時施工計画】正式に実施決定

 

 慎重な検討期間を経て、平成24年6月に工期短縮方策は実施が決定しました。

「チーム天草」の仕組みについて

 「チーム天草」の仕組みについてまとめると、表4のとおりになります。

 

表4 ●「 チーム天草」の仕組み

①チーム全体が施工者である建設会社の技術力を取り入れる下地がある

②チーム全体がプロジェクトリスクとはプロジェクトに悪影響を与える要因だけでなく、プロジェクト成功を抑制する要因であることを理解している

③設計監理、施工者などチーム天草を構成する構成員が自分たちの分野だけのリスク判断に縛られない

④プロジェクト成功のため費用対効果を冷静に分析できる

⑤チーム全体が信頼関係で結ばれている。

⑥①~④の実現のため医療施設近代化センター(健康都市活動支援機構)のような中立な立場で指導力と権限を持つ組織が存在している。