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JCHO埼玉メディカルセンターの整備事業

 総工事費180億円で始まった埼玉社会保険病院の建て替え計画は、基本計画段階で60億円を切り、最終的には43億円で落札され、準備工事経てようやく平成23年11月に本格着工に漕ぎ着けることができた。本稿では、母体である旧社会保険庁からJCHO発足への推移といった背景から設計・施工にいたるプロセスをレポートする。

「地域医療」を担う基幹病院完成に向けて着工

埼玉社会保険病院院長 細田 洋一郎

病院立地と周辺

 さいたま市は、埼玉県南東部に位置し県庁所在地 である。平成13年5月に浦和、与野、大宮の3市が合併し、日本で13番目の政令指定都市となった。その後、平成17年に岩槻市を編入し現在人口が120万人を超える。埼玉社会保険病院は京浜東北線を挟んだ人口46万の旧浦和市に位置し、東側にさいたま市立病院、西側に当院が位置し、各々その診療圏を受け持っている。

病院母体をめぐる変遷

 社会保険病院はその名のごとく、厚生年金病院と共にいわくつきの社会保険庁が開設母体の病院であるが、平成19年の年金国会を経て平成20年の社会保険庁解体後、独立行政法人年金健康福祉施設整理機構(RF0)に出資された。そもそもRFOは年金福祉施設の整理合理化が目的で設立された機構であり、厚生年金病院はRF0に出資後、他の年金の福祉施設と同様に譲渡、売却が言われたわけだが、そんな中、社会保険病院も引き受けるところがあれば譲渡という方向性が示された。しかし、その後の政権交代で民主党が政権を取り、民党政権が進めてきた譲渡、売却の方針があらためられ、独立行政法人地域医療機能推進機構法案が提出され昨年の国会で審議された。しかしながら衆議院は通過したものの参議院の委員会で審議中に参議院選挙に突入したため、廃案の憂き目を見た。今年に入り、RF0の設置法を全面的に改組し、目的、名称などを書きかえる議員立法でやっとのことで受け皿法案が成立した。 

困難さ承知の上で近代化センター(健康都市活動支援機)にお願い

 社会保険病院の設置母体の変遷の説明に字数を割いたが、要は、私が副院長時代の10年ほど前に持ち上がった病院建て替え構想が、このような状況下で全く頓挫していたわけである。しかしながら、当院は北側の病棟が1963年、南側の病棟が1980年の建築と老朽化が甚だしく、思い切って平成20年に耐震診断を行い、その年の終わりに非営利活動法人医療施設近代化センター(健康都市活動支援機)の扉を叩いたわけである。ここでの一番の問題は、京浜東北線の北浦和駅から徒歩3分という立地条件である。患者さんにとってはアクセスの非常に良い場所であるが、駅前の繁華街での工事となる。一時は他に土地を確保し新築移転も考えたが、診療圏を変えない範囲内での土地確保は至難のことであった。 以上の理由から、建て替え工事の困難さ、工期の長さなど、重々承知した上での現地建て替えを近代化センター(健康都市活動支援)にお願いした。

耐震化交付金が後押しとなり

 何とか建て替えに向けて始動したおりから、平成21年度の国の補正予算で医療施設耐震化臨時特例交付金が措置され、これが後押しになって社会保険病院の上部団体である社団法人全国社会保険協会連合会(全社連)、RF0および厚生労働省も耐震化整備事業として病院の建て替えを認める方向になった。当院にとっては耐震化交付金受給による病床の10%削減というデメリット(現在の439床から395床に減)はあったが、建て替えの千載一遇の機会と捉えた。 同年2月に、平成3年に建築された健康管理センター、手術室、リハビリ、内科、外科外来を含む外来の一部がある南館のみ残した建築概要が了承され、5月には近代化センター(健康都市活動支援機構)と正式にコンサルタン卜契約を結び、6月には県から医療施設耐震化臨時交付金に係る通知もあり基本計画書を提出した。 翌22年1月には近代化センター(健康都市活動支援機)と共に設計事務所選定のプロポーザルを行い、久米設計事務所に決定した。6月に全社連で耐震整備計画が承認され、県からも耐震化整備医療機関の指定を受けた。9月には厚労省とRFOも耐震整備事業を承認し、平成23年3月には施行業者選定の一般競争入札を行い、その結果、ゼネコンは清水建設に決定した。

現地建て替え、Build and Scrap

 3月末に改修工事に着手したが、現地建て替えということで図1に工事工程を示すように、61力月という長い工程となる。 現在の駐車場の場所に3階建ての仮設棟を建設し、検査室、外来の一部を移し、図2に示すようにI 期工事として本館西部分と南病棟西部分を解体し、8階建ての新館西部分を建設する。そして、引越し後にⅡ期工事どして同じ本館東部分と南病棟東部分を解体し新館東部分を建設する。I期、Ⅱ期工事とも 16.5力月の工期予定であるが、残りの部分の引越し後、平成27年後半にはⅢ期工事として本館北病棟と 腎センターを解体し、その後外構工事を行い、平成 28年4月にグランドオープンの予定である。

可及的速やかな新棟完成を目指しさらに協議

 現在、I 期工事の解体が終わったばかりであるが、基本コンセプトとして診療機能を落とさずにエ事を進めていくという方針で始めた。しかし、駐車 場に関して、駐車台数は十分ではないが市営駐車場を確保したにもかかわらず、外来患者さんからはやはり不便であるという声を聞く。また、大幅な病床数の減少を行わないにもかかわらず、騒音、振動等の問題もあり、また検査機器移設に伴う検査予約の延長等の影響で入院患者の減少も起こっている。何よりも地域住民への医療提供の影響を考えると、エ期が短いにこしたことはない。 以上より、近代化センター(健康都市活動支援機)、設計事務所、ゼネコンと工期短縮に向けて協議中であり、可及的早い時期での新棟完成を目指している。 

 

新館開設のあかつきには東西中央をホスピタル• ストリートが走り、現在の継ぎ足し建築の結果の迷路のような状態から院内各部署へのアクセスがわかりやすく利便性も高まる。また、念願のICU、CCU も設置され、1看護単位も46床以下と能率の高まる医療の提供が可能となる。3年を超えない期間内で地域医療機能推進機構として社会保険病院は再出発するが、その名のごとく「地域医療」を担う基幹病院として名実ともに完成した病院になると考えている。 

 

我々医療人にとって建築などという知識は皆無に等しく、まして病院建設という機会に当たることも滅多にない。ましてや、京浜東北線の北浦和駅から徒歩3分という立地条件で、12,085㎡という限られ た土地の中での建て替えとなるとお手上げである。 こんな中で、設計事務所、ゼネコンとの間に入って 専門的知識を駆使してアドバイスのみならずリードしてくださった近代化センター(健康都市活動支援機)にはいくら感謝してもあまりある。 最後に、その感謝を記して終わりたい。

大幅予算縮小でもできる建て替え工事のポイント

医療施設近代化センター常務理事(健康都市活動支援理事) 岩堀幸司

難問山積のプロジェクト

 埼玉社会保険病院は、JR北浦和駅間近の繁華な場所にあります。昭和23年に社会保険第一病院として財団法人埼玉県社会保険協会を経営母体としてスタートし、同30年には社会保険埼玉中央病院と改称して現在地に移転しました。その後、同33年に社団法 人全国社会保険協会連合会に経営が移管され、平成 11年に埼玉社会保険病院と改称し、同20年10月に 年金•健康保険福祉施設整備機構(RFO ) に移管され、現在に至っています。後述のとおり病院既存施設は、敷地が狭隘であるばかりでなく、敷地•建物の所有形態•建設時期などまちまちで、長年にわたって増築が重ねられてきています。今回の整備計画は、院内の複雑な部門間動線の関連を解くこと、病院を稼働しながらの 現地建て替え工事であること、加えて今後の経営母 体のあり方が不透明の中での工事であり、さらに「医療施設耐震化整備推進事業」との関連および一連 の構造計算書偽装問題に伴う新耐震基準の見直しなどが絡む、難問山積のプロジェクトでした。 当機構の本事業計画への取り組みは、同院の細田院長をはじめとする病院幹部が当機構を訪れた平成20年11月11日から始まりました。前述した、社会保険病院が同年10月RFOへ移管となって間もないことでした。

まずは現況をきちんと整理

 その後、前述したように当機構に相談がありました。当時の同院の経営状態は、年間収入約100 億円前後で収支成績は順調でした。しかし、180億 円の投資は過大です。それでも、現地建て替えに伴 う工事の長期化などを考えると、100億円を切るのは難しいと判断し計画作成をスタートしました。まず施設現況の整理に取りかかったところ、敷地 や建物含め国有、県有、病院有などが入り混じっており、各建物の耐震診断の結果は、新耐震基準施行後に建設した南館以外はすべて、早期建て直しが示され、また、①駐車場付置義務台数(150台)ほか駐車場を確保しなければならない、②厳 しい日影規制をクリアしなければならない、③南館を残して増築するに当たって全体計画の認定(後述)を受けなければならない、などを主に数多くの法規制上の問題点がありました。それら敷地周辺を含む法的制限、敷地内各棟の構造、規模、面積、竣工時期等を精査し整理した「病院現況図」を、約1力月後の平成20年12月3日に提出しました。同時に、その後 の整備計画立案に必要な資料の提出 を求めました。各種資料は土地、建物の所有者がRFOや県などに分散管理されていたので、取りまとめながらの整理となりました(表1)。

「必要面積の検証」で工事費総額を把握

 次に現況を踏まえて、当機構と病院の少数幹部による整備計画の作成を、同院が平成20年に作成していた「埼玉社会保険病院建替基本構想 (案)」や医療側の要求•想いを考慮しながら進めました。そこで重点的に 行ったのが必要と考える病院機能を十分かつ無駄なく発揮できる各部 門の面積の算出です。そして部門面積を確定し、それに面積当たり工事費をかけることにより、総工事費を決めました。別の表現をすれば、この作業により、経営的に無理なく、かつ必要な医療機能を確保できる、総工事費の把握を行ったということです。「これだけの面積があれば必要な病院機能が盛り込める」という「必要面積の検証」 は、総工事費との兼ね合いで大変重要な作業です。 

 

さらにその後の行程に絡めて説明を加えれば、この作業は、次の段階である基本設計・実施設計を担当する設計者選考をするに当たっての「与条件、枠決め」としても重要です。そして設計者、さらには その設計に基づき施工者を決める際には、その「枠」 で成り立つということの、少なくとも一つの「解」を 用意しておかなければなりません。その「解」が機構が病院側とともに作成する整備計画である、という位置づけになります。この整備計画を基本として、その後の打ち合わせ•検討により、よりよい設計としていくことになります。 平成21年2月10日、既存病院の各室面積と部門別面積割合を算出し、整備計画後の適正であると検証した部門別面積配分を盛り込んだ必要面積の一覧 (表2)と、主要部分を一期から四期までに分けて進めるという整備計画の基本方針を病院側に提示、説明を行いました。 2月27日に、上記基本方針案が院内の整備検討委員会で承認され、院長決済を受けて当機構との契約手続きが行われ、以後、全社連に提出する計画図 の作成•書類作成のサポートを開始することとなりました。 

 

その後、院内建物状況調査ならびに現地ヒアリング、既存医療機器の調査等を行い、最終整備計画を平成21年11月に提出しました。 整備計画の主な手順としては、まず一期工事として、敷地北東部の2階建ての本館Aを解体し、その跡地と駐車場部分を合わせて地エ7階、塔屋一階、延べ9,400mで175床の入院ベッドを確保する部分を完成させることです。

 

一期工事が完了しても、既存建物との階高(当該床からエ階の床までの高さ)の違い(既存西館は1階 が5,500mm、2階が3,500mmで最近の病院建築の階高としては無理がある)や、その後の工事における既存建物の部分的解体に必要な補強などの課題は残るものの、前述のように一つの「解」は提示されることになります。なお後述しますが、実際にはそうした課題は、その後の設計の詰めの段階で、病院サイドの決断もあり、工期の短縮などを含めて改善されることとなりました。

コストのかかる部門を既存の南館に集約、 60億円で檝算立案

 全社連への事業計画の申請に当たっては、延べ 23,000㎡強、耐火8階建てで工事費はおおよそ60億 弱という概算を立案しました。外構、支持地盤が地下60mにあるという杭工事費、建替え建物の解体エ 事費、既存部分を使いながらの工事であるというこ とによる安全管理費などを含めた工事費で、建物本 体としてはlm当たり20万円前半という相当厳しい単価の計上です。 

 

この概算立案に当たって、コストダウンに大いにメリットを発揮したのが、平成3年竣工の既存南館 (地下2階、地エ5階、延べ1万㎡強)を残すこととしたことでした。南館地下2階にボイラー室、発電機 室、空調機械室、地下1階に厨房を、また4階に手術室など、コストのかかる部門を集約したのです。 熱源棟を切り離して単独に建設した事例におけるコストなどをもとに分析し、主熱源などを含んだ場合と比べて15%前後のコスト減になると試算された結果を踏まえての提案でした。

設計者の選定

 整備計画を踏まえ、年明け早々平成22年1月に、基本設計および実施設計者の選定手続きを進めることになりました。 当機構が、実績や取り組み意欲などから推薦し、病院施設整備委員会において選定された設計・監理委託候補者5社を指名し、スピード感をもって事業を推進する必要性から「簡易プロポーザル方式」 を採用、1月4日に各社に案内を送付し、1月18日に各社提案書が提出されました。引き続いて1月20日に、5社による説明20分、質疑応答20分のプレゼンテーションを行い、その場で設計者を選定する、というスピードでした。 

 

短期に密度の高い提案を得るため、各社にはあらかじめ、①「埼玉社会保険病院建替基本構想(案)」、 ②同施設整備計画のうち現状図・法規制図・工事各 期配置図(案)、③既存南棟各階平面・断面・ボーリングデータ、④設計行程表(案)、⑤全体体工事工程表(案)などを提示しました。さらに提案課題として、工事費上限57.8億円、改築面積上限22,300mで、これは変えられないキャップであることを通知し、またプロジェクトを通してのセンターの関わりなど の条件提示もしました。 

 

ヒアリングに当たっては、センターから病院の主だった方々に、「社会保険埼玉中央病院 建物改築の必要性と手順」と題して、①既存建物の問題点、②建て替え手順、③新しい病院の各階平面、④病院建築の最近の潮流、⑤病院建築の事例から、といった内容でレクチャーを行い、設計者選考に当たって の評価の参考としてもらいました。プレゼンテーションの順番はくじ引きで決め、審査は細田院長を委員長として院内計5名の審査委員により、8項目にわたって採点、特に実際の担当者の「人柄」「熱意」にも注目することとしました。ヒアリングに当たってはセンターからも専門的な立場から質問を行い、委員の採点の参考としていただき ました。 

 

5社からは時間がなかったにもかかわらず、いずれも優れた提案書が提出されましたが、ヒアリングの結果、内容が充実していた2社のうち、1社は提案工期、その他の実現性に若干の懸念があったこと、一方でもう1社は①工期短縮、②優れた構造計画の提案、③既存建物の設備・躯体の有効利用などといった点が評価され、審査委員の全員一致で㈱久米設計が設計・監理者に選定されました。その後、基本設計・実施設計と進める中で病院各部門、設計者が一体となって、繰り返し詳細な打ち合わせを重ね、平成22年中に実施設計が完了。平成23年3月15日に指名競争入札により施工者を選定し、約半年の短期で大変困難な準備工事を経て、ようや く本体の着工に漕ぎ着けることができました。その後の詳報については、改めてさせていただく こととします。

狭隘な敷地における、同一敷地内の病院建替えについて

株式会社久米設計設計 本部医療福祉設計部  中原 博幸

プロジェクトの経緯

 平成22年1月にプロポーザルにより、設計者選定していただいてから、同年2月中旬からプロジェクトのスタートとなりました。その時点の根本的な課題は、次の2つの点でした。

・狭隘な敷地の中に複数の既存棟を整理し、病院を使用しながら、建替を行う。

・医療施設耐震化臨時交付金に係わり、平成23年3月の着工を条件とし、竣工予定はH28年9月末と想定されていた。

設計与条件における問題点

 このように、きわめてハードルの高い前提条件の中、プロポーザルスタート時点から、実際の多くの問題をいかにクリアしていくかが課題でした。いくつかの問題の解決方法についてプロポーザルの提案においてクリアしていきましたが、行政折衝や既存施設の各部門の内容や、複数回の増改築で複雑に構築された設備インフラなど、プロジェクトを始動してからでなければ明確にならない部分が多数存在していました。

 

その上で、主に次の項目に主眼を置きながら、根気よく実態を紐解き、整理していくことが必要でした。

・建替後の将来構想

・建替プロセスの整理

・法規制のクリア

・予算の制約によるコスト削減策

将来構想を含めた全体ゾーニング計画

 前述したさまざまな条件の中、将来にわたって持続的に変化と成長を実現できる仕組みを今回の計画に織り込む必要があります。そこで本計画は、次のことを念頭に置いて、計画をしています。

 

○将来計画の骨格軸(ホスピタルストリート)の設定

図2のようにホスピタルストリートを建物中央に横断する形で設定し、その軸を中心に外来・中央診療を配置。さらに、将来増築建物もそれに沿って延長できるよう計画しています。また、ホスピタルストリートに沿って配置したセンターコア(階段、エレベーター、PS 等)は、Ⅰ期・Ⅱ期の段階的工事、将来の設備インフラ移設、将来の手術部門移設に対応可能な計画としています。

 

○設備インフラの考え方

既存南館地下2階には建物全体の中央監視室、熱源、電気室等の設備インフラが集約され、各棟への供給が行われています。これらを今回計画で有効利用しながら、将来建替の際にはインフラ更新に対応できるよう、将来のインフラ配置と将来配管スペースを想定した計画を行っています。これらの考え方により、南館の将来的な建替スキームを図3のとおりに設定しました。

 

○既存建物の階高設定の違いによる段差解消

また、既存南館の基準階高は、既存本館に合わせ3.5mとなっています。一方、新棟の階高は、新病院に必要な性能と将来改修を見据えると4.3m の確保は必要です。このため、既存建物と新棟のフロアレベルに段差が生じます。そこで、図4のように、段差解消用EV(2方向エレベーター)を設置しました。これにより、寝台等搬送の往来に障害となる段差の解消を図りました。


建替プロセスの具現化

①仮設棟建設について

本館の一部を解体するために仮設棟を建設します。仮設棟には、外来部門、臨床検査部門、病理検査部門が移転します。北館1階には、内視鏡検査部門を内部改修で移転し、Ⅰ期工事の種地をつくるための本館の解体を行います。

 

②Ⅰ期工事について

最も重要だったのは、Ⅱ期解体範囲を占めている放射線部門、管理部門、病棟を新棟Ⅰ期工事建物に移転することです。Ⅰ期工事では外来部門は建設されないため、Ⅱ期解体範囲に含まれる外来部門は、仮設棟および既存北館に仮移転となります。

 

③Ⅱ期工事について

新棟Ⅱ期建物は、Ⅰ期建物に継ぎ足す形で建設されます。ここでは、主に仮設となっていた外来部門の全てと病棟が移転となりますが、基本的に全ての移転が完了となります。新棟と既存南館との接続部分に既存の医事、受付、待合等があるため、新棟側に医事、受付を移転し、既存棟と新棟との接続が完了します。

 

④Ⅲ期工事について

Ⅲ期工事は、付属棟建設や既存建物の解体、外構工事を完了させて、グランドオープンとなります。

法規制のクリア

 今回の計画の最も制約となった法的内容について触れておく必要があります。

 

○構造上既存不適格建築の扱い

平成3年竣工の南館が新棟と接続されるため、全体計画認定によって構造上の既存遡及の除外を受ける必要がありました。この認定は申請書類、図面、計算書等行政が定める書類が必要であること、既存の日影規制緩和に関する許可(建築基準法第56条の2第1項ただし書)を建築審査会を通して取り直す必要がある等、スケジュール上の問題が浮上しました。そこで、既存南館が当時の設計で耐震強度1.5を確保した設計であること、既存4階建を7階建に増築するための耐力上のゆとりがあること等に着目し、現行法規においても耐震強度がクリアできることを解析し直し、行政折衝により最終的に構造上適法とみなすことができ全体計画認定不要としています。

 

○日影規制

本敷地は、北側範囲において住居系用途地域の厳しい日影規制を受けています。今計画による建替で8階建となることから、求められる病棟平面計画を実現するためには、図5の構造計画を採用し、通常の病棟階高に比較して400 ~ 600mm 程度低い3,400mmという極限の設定に抑えることにより、日影規制をクリアする建物高さに抑えています。

 

○附置義務駐車場

駅近の商業地域ということもあり、現行附置義務駐車条例を適用すると既存駐車場の2倍以上の台数が必要となります。行政折衝により既存南館が存続している間は現行条例適用外とすることにより、敷地不足分をカバーしています。

おわりに

 このように、世の中の数多くの既存病院が抱える問題を集積したようなプロジェクトでしたが、根気良く一つひとつの問題を解決していくことで実現できた事例となります。今後の、同一敷地内の病院建替えにおける試金石となればと思っています。ご協力いただいた医療施設近代化センター(健康都市活動支援機構)を始め、埼玉社会保険病院の方々、現在施工中の清水建設等これからも乗り越えなければならない課題もあると思いますが、ひとまず感謝の意を表したいと思います。

全体工期計画▲14.5カ月のポイント

清水建設株式会社 関東支店埼玉営業所工事長 前田 春紀

着工

 本プロジェクトは、既存の病院機能を維持しながらスクラップ・アンド・ビルド方式で進めていくものである。しかし当該病院の外来患者は1日当たり1,200〜1,300名を数える。これを受け入れるため、院内の様々な動線(院内サービス、タクシー、駐車場、患者の歩行動線)、長きにわたる地域との関係性を保ちながら構築した病院外周の動線、敷地内に所狭しと建つ建屋、度重なる増改修により縦横無尽に駆け巡るインフラ設備など、どれ一つ欠けても病院運営に影響を及ぼすことは必死であり、我々はどこから手をつけてよいものか戸惑いながら現地調査を開始した。

病院の思い

 建替え工事が5年の長きにわたることが地域医療に与える影響は大きい。病院サイドとしては、永年利用して来られた患者の皆さんに、かけることになるであろう不便を、少しでも緩和したいとの思いが強く、また経営的視点では、一度離れてしまった患者が5年後に戻ってくるのかという懸念も大きかった。このため、病院から「工期短縮」の検討が可能かどうか打診を受けた。

全体工期短縮の検証

 工期短縮への道を模索するに当たり、原案となる工程を「新築工事」と「改修・引越・解体」に分類して要件整理を行った(図1)。

 

●新築工事(17カ月+ 15カ月+ 3カ月= 35カ月)

 着工前から逆算すると確認申請提出までに2〜3カ月の猶予があったため、施工方法に次の2点を設計図書に反映させて見直すことの可否を検討。

①工業化工法

②狭い敷地という条件下で通常必ず必要となる期間を短縮する仮設計画の発案

 

●改修・引越・解体(10カ月+ 9カ月+ 7カ月= 26カ月)

 新築工事・引越し~病院の別途手配工事~引越し・移転~解体工事という一連の流れを病院、医療設備機器メーカー、施工者の間で共有し、工程上“隙間”となる期間を削ぎ落としていく計画の立案。上記の2つの軸についてアドバイザーである医療施設近代化センターと実施設計者である株式会社久米設計に検証をしていただき、病院へ工期短縮のための骨子の提案を行った。この提案に対しての病院の承認は程なく得られ、当プロジェクトは「工期短縮」という新たな舵を切り、大きな変貌を遂げていくこととなった。

全体工期短縮の実現に向けて

 以下は、工期短縮案の骨子策定から6か月がたった現状の報告である。

 

●新築工事(12カ月+ 11カ月+ 3カ月= 26カ月)

原設計の構造主旨を踏襲し、工業化工法であるPC 既製杭やCFT 工法等・ユニット化工法の採用、狭い敷地条件を克服するために仮設計画まで踏み込んだ設計図書により本体新築1期工事▲5カ月(図2中①)、本体新築2期工事▲4カ月(図2中②)と大幅に躯体工事を軸とした工期短縮の目途をつけ、 2011年11月末に確認許可を取得。2011年12月1日に新築工事を着工した。

 

●改修・引越・解体工事(8カ月+ 6.5カ月+ 6カ月= 20.5カ月)

まずは対象期間の手順を紐解いていった。結果として、新築建屋の引渡し以降、本プロジェクトのクリティカルパスの鍵となる解体工事の着手日をいかに早めるかに着目した。病院の別途手配工事から什器備品の移転・引越し、残材の処分、インフラ整備等に至るまでの工程の流れを病院~施工者(上流~下流)関係者が一元的に共有することに着目し、1期工事では実績▲2.0カ月(図2中③)となった。それを基に2期工事、3期工事では立案した工程表に基づき各々▲2.5カ月(図2中④)、▲1.0カ月(図2中⑤)を目指すこととした。

以下、改修・引越・解体工事の工期短縮の考え方を図3で示す。なお、病院~施工者(上流~下流)間で流れを一元化し、工程の“隙間”を削ぎ落とすためのツールとして、現場で作成する総合図をSTEP-2、STEP-3へと進化させ、病院の別途手配工事~医療設備機器メーカーによる機器接続・移転~什器備品の移転の工程までも包含した共有のツールとすることを今回のプロジェクトで試みた(図4)。これにより、1期工事において外来6部門、院内2部門、病院の核となる検査2部門という大規模な移転はわずか2回の実働で大きなトラブルもなく完了。1期工事の直接的な工期短縮につながったと同時に、今後の院内移転計画の羅針盤となり得る結果を得ることができた。以上のように工期短縮のために「新築工事」「改修・引越・解体」各々について病院に提案した骨子を具現化し、全体工期は原案の61カ月から▲14.5カ月の46カ月にまで短縮できる計画とした。

おわりに

 今回の工期短縮の検討は、患者の皆様への病院の思いを、アドバイザーとして施設整備および運営まで踏まえて監修された近代化センターのリードと、施工計画まで踏み込んで設計図書の見直しを担っていただいた久米設計によって実現しました。工事の着工から現在までの6カ月間を通じ、一日でも早く病院をグランドオープンとすることが病院、地域医療、患者の皆様全てに満足していただける最良の道筋だと確信しています。ここに至るまでに関係各社の絶大なるご協力、ならびにご支援をいただきました。関係の皆様にはこの場をお借りして感謝申し上げます。工期が短縮の計画と目途がたったとはいえ、気を休めることのできない緊張感を要する敷地内での工事。プロジェクトを完遂するまでは社内の関連部署が密に連携し、永年積み上げてきたノウハウをフルに活用して、全社を挙げて工事を進めてまいります。

JCHO 埼玉メディカルセンターの使命

JCHO 埼玉メディカルセンター院長 細田 洋一郎

はじめに

 前回、「埼玉社会保険病院「地域医療」を担う基幹病院完成に向けて着工」というタイトルで寄稿させていただいた。現在、建物はほぼ完成し、病棟と外来が引っ越したところであるが、一部残った南館内部の改装工事(外来化学療法室、採血コーナー、医事課等事務部門、コンビニエンスストア等)、古い建物の解体工事、駐車場を含めた外構工事を行っており、本年12 月に完成予定である。そしてその間、当病院の開設母体、運営母体も平成26年4月1日をもって新機構に移行したため、その紹介も含め再度寄稿させていただいた。

JCHO 誕生まで

 旧名称は「埼玉社会保険病院」であり、その名のとおり社会保険庁が開設した病院であった。しかしながら平成16年以降“消えた年金問題”に代表されるような年金記録問題、国民年金不正免除問題、政治家の年金未納問題等、社会保険庁の不祥事が相次ぎマスコミに取り上げられ、遂に平成21年12月31日をもって社会保険庁が廃止された。

 

 このため、社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院は独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構(RFO)に出資された。

 

 平成23年に「RFOの一部改正案」が国会で可決・成立し、病院の運営等を目的とする独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)として改組されることとなった。

 

 そして、平成26年4月1日をもって前記の社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院の3 つの病院グループからなる57 の病院がJCHOの病院群として新たに誕生した。

 

 すなわち、社会保険病院は社会保険庁が開設し、全国社会保険協会連合会に経営委託した公設民営の病院であったが、4月からは独立行政法人ということで公設公営の病院となった。国は、独立行政法人国立病院機構(NHO)に政策医療を、JCHOに地域医療を担わせる方針であり、特にJCHOにはこれからの超高齢社会に対応できる医療政策を考えているようである。

JCHOの新たなミッション

 当然のことながら、新しい機構への移行は社会保険病院時代のミッションとは異なる新たな使命が課せられる。ここで、その新たなJCHOのミッションを述べさせていただく。

 

 まず、独立行政法人に共通の仕組みとして、主務大臣が中期目標期間(5 年等)において独法が達成すべき業務運営に関する目標を定め、独法に指示する。この主務大臣から指示された中期目標に基づき、目標達成のために独法が定める中期計画を立て、かつ毎年度、計画の実施状況について省に設置される独立行政法人評価委員会の評価を受けることになる。この委員会は聖路加国際病院院長の福井次矢先生を部会長とする6 人の委員から成り、中期目標、中期計画を議題に本年2月と3月に2回の委員会が開催された。

 

 また、地域医療機能推進機構法3 条に規定されている項目として、5事業、リハビリテーションその他地域において必要とされる医療および介護を提供する機能の確保を図り、もって公衆衛生の向上および増進ならびに住民の福祉の増進に寄与することとある。すなわち、JCHOにおいて提供する医療は病院ごとに①救急医療、②災害医療、③へき地医療、④周産期医療、⑤小児医療の5 事業のうちのいずれか1 つ以上の事業を行う。リハビリテーションに関しては、病院ごとに①急性期・回復期、②維持期のいずれか1つ以上の事業を行う。また、全病院共通として①地域包括ケア、②総合診療部門等を行うとなっている。

 

 以上を踏まえた、現在のJCHOの病院群で行っている事業と病院数を表1、2に示す。

地域包括ケアの要として

 以上が、地域医療機能推進機構の使命であるが、病院グループということで当然のことながらそのスケールメリットを生かす方策が必要となる。現在、日本全国を5ブロックに分け地域的な病院群で取り組み、全国ネットワークを活用してミッションを達成するということが考えられている。具体的には、①病院運営の諸問題・諸課題の共有、解決に向けた提案・検討・議論・相互支援、②医療、介護における連携、相互協力、③研修会、交流会の開催、④人事等であるが、各地区で「人事調整会議」を行い、人事交流を進める。また、医薬品、医療機器等の共同購入も進められている。

 

 ここまで機構全体について述べたが、当院に限って言えば、395 床の急性期病床(耐震補強ということで建て替えを行ったため439 床から減床となった)による急性期医療を中心に、健康管理センターでの健診による予防医学、病院の裏手にある100 床の介護老人保健施「JCHO 埼玉老健」(新機構となってサンビュー埼玉から改名)、さらにさいたま市委託の地域包括支援センターを併設しており、急性期医療はもとより、JCHOの使命である地域包括ケアの要としての機能を十分に果たせる環境にある。

 

 埼玉県は日本で最も高齢化率の伸びの大きい県であり、2035 年の高齢化率は33%以上になると予想されている。このような状況の中で、独立行政法人地域医療機能推進機構としての病院の重要性、必要性はますます高まると考えており、当院の地域での責務を果たすべく、不断の努力を続ける所存である。