病院再生とCM(コンストラクションマネジメント)❸

自治体病院と民間病院の統合

玉野医療センターは地方独立行政法人化により統合を果たし、さまざまな課題を乗り越えてきた。本稿の前半では、統合再編と地方独立行政法人化の経緯について玉野市病院事業管理課主幹の鴨田光一氏に、後半では設計者の選択からCMの導入について同課主査の谷晃次郎氏にインタビューした。

玉野市民病院(向って左)と玉野三井病院
玉野市民病院(向って左)と玉野三井病院

統合の背景を詳しくお聞かせください。

鴨田

 

 元々は統合を考えていたわけではなく、玉野市民病院の経営改善がスタートでした。建物の老朽化により建替えを含めて検討するなかで、単独では採算が厳しいことが明らかになったのです。

 

市は指定管理者制度の導入に向け、徳島県を拠点に全国26の病院を運営する医療法人平成博愛会(武久洋三理事長)と交渉しました。同会の要請により、在籍する医師と看護師をしばらくは公務員とする条件で合意したのですが、職員が公務員のままだと指定管理者制度を導入できません。2016年4月、平成博愛会とは業務提携の形態で経営改善に取組むことになりました。この中で、市民病院は地域の方から必要とされる機能を設けるべきとの指導を受け、障害者病棟や地域包括ケア病床を新設するなど病床の仕分けを行った結果、医業収益は15億円(2015年度)から20億円(2018年度)に増え、赤字を2億円程度圧縮することができました。

 

一方で、これからの地域医療を考えるなかで、中小規模の病院がたくさんあるよりも中核となる病院をつくってはどうかとの助言を受けました。そこで玉野市民病院、三井造船グループの傘下にある玉野三井病院、岡山赤十字病院玉野分院で統合を含めて連携を模索するために、2016年4月に玉野市地域医療連携推進協議会を発足しました。

 

大学や県の関係者、市の医師会が参画し1年がかりで検討しましたが、結果は不調に終わりました。市立病院と企業立の病院、日赤グループの病院では経営状況や運営形態が異なるためです。経営面では、市民病院が市からの繰入後でも約1億円の赤字を計上していた一方、三井病院は黒字であり、赤字の病院と統合するメリットはありません。日赤の場合も統合のためには一度グループを離脱しなければならない上、施設は比較的新しく、統合のハードルは高い状況でした。

 

その後、単独での病院建替え計画に向け協議会の中に専門部会を市民参加で発足し、場所や病床規模等、新病院の在り方を検討することになります。しかし、そこでもそうした建替えは厳しいとの声を多数いただいたため、前市長が三井病院に絞って連携を再度模索することを決定したのです。

 

最初は水面下で話を進め、2017年下半期から統合に向けての協議を開始しました。2018年6月にようやく公表することができたことで、本格的に協議を開始することになります。単独での建替えを前提に着手していた新病院の基本計画については、統合を検討するために中断しました。改めて策定したのは、経営統合協議に関する基本合意がなされた後の2020年3月のことです。外部コンサルタント会社との契約はすでに終了していたので、市独自での作業でした。建設予定地は市が所有する旧文化センターや旧検察庁舎跡地で、概算工事費は造成や外構、駐車場工事を除き約57億円を積算しました。

 

基本計画を策定した後には、地方独立行政法人化の手続きへと着手します。給与制度の改定をはじめとする職員の待遇調整に苦労しましたが、予め準備をしていたので1年余りで達成することができました。

 

続いて、設計者の選定から現在に至る経過についてお聞かせください。

 

 私が配属されたのは2020年の4月でした。設計プロポーザルの準備を指示されていましたが、病院の建替えは初めてで、仕様書や要綱の作成方法などわからないことだらけでした。役所や病院内に専門家は不在であり、CMの必要性も認識していました。情報収集をする中で三豊市の担当者から健康都市活動支援機構の話を聞き、早速コンタクトを取りました。残念ながらこのときは庁内の調整がつかず機構に委託することはできませんでしたが、機構から設計プロポーザルに向けたアドバイスをもらい、他病院の前例を参考にしながらなんとか7月に設計プロポーザルの公告を行うことができました。

 

新病院の建設設計業務委託プロポーザルには9社が応募しました。1次選考で5社に絞り込み、最終的に現在の設計会社に決定しました。評価ポイントは、1階に外来が集約されていることや免震構造の採用等です。

 

ところが基本設計が進み、工事費の見積りになった段階で大きな問題が発生しました。当初予算の57億円が76億円に膨れ上がってしまったのです。主な原因はスタッフヒアリングによる面積増と地中杭の長さです。設計会社主導のヒアリングで、スタッフが医療機能を充実させたいがために過分な要求し、設計者はよい病院を作りたいがために、できる限り設計に反映させてしまった。

 

予算にはキャップ(上限)を設定し、意見調整しながら取捨選択しなければならないのですが、誰が調整し、誰が意思決定するのか、組織が十分に機能していませんでした。設計の専門知識を備えている職員がいなかったこともあります。作業する人は頑張っているのですが、全体を見る人がいなかったのです。

 

予算オーバーが問題になると、設計会社から機能を削除する提案が次々と出されました。設計変更にフレキシブルに対応することはよいのですが、中には当初の提案から大きく変更となる内容も含まれていたため、「何のためのプロポーザルだったのか」という不信感が募っていきました。地中杭については事前調査の不備です。要求水準で提示したボーリング結果以上に支持基盤が深かったのです。

 

これだけオーバーしてしまうとどうにもなりません。設計会社任せだと削減は難しいと判断し、CM導入を急遽検討しました。2020年度中は役所の調整がつかなかったのですが、2021年に地方独立行政法人化し、佐藤理事長が就任した時に正式決定することができました。委託については、民間を含めて複数から見積りを取りました。実績と委託料の安さ、今までの経緯から迅速に対応できるとの判断から健康都市活動支援機構に依頼することになったのです。地方独立行政法人化により、意思決定が柔軟かつ迅速に行える環境になったことが大きいと思います。

基本設計途中からのCMの導入でしたね。何を期待されたのでしょうか?

 機構に期待したのは、「設計者との共同で、なるべく質を落とさずにコストを圧縮すること」「専門用語や技術提案について、設計との間で通訳の役割を果たすこと」「病院の伴走者としてのプロジェクトの舵取りをすること」の3つです。

 

現在では、機構のCMと設計会社の努力により、予算内に収まったことを評価しています。機構の提案を設計会社が真摯に受け止めてくれたおかげです。緩い地盤を強化するため、地中杭を抜かずに残しておくという施工会社からの提案も有難かった。役所の発想では、抜く以外になかったでしょう。発注者、設計者、CMrが時に激しく議論しながらよい病院づくりに向かっていると実感しています。