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病院づくり実践講座➌

地域包括ケアとこれからのリハビリテーション

 今から20年以上前の1998年、筆者は当時「ユニバーサルデザイン(UD)を備えたサービス・製品・環境の先進国」とされていたアメリカの取組みを視察する機会を得た。UDとは「高齢者や障害者も含め誰もが常に、全てのサービス・製品・環境を利用・享受できる」とする考え方だ。

 

病院4か所、リハビリテーション施設3か所、福祉施設1か所を訪問した中で最も注目したのは、「Independence Square(自立広場)」と呼ばれるユニークなシステムを導入しているリハビリ施設だ。考案したのはガインズデザイン事務所で、デザイナーのデビッド・ガインズ氏によりフェニックス・メモリアルホスピタルに導入されて以降、既に120を超える施設で取り入れられているとのことだった。

 

本稿では、リハビリ環境構築への取組みを紹介すると共に、日本における医療施設でのリハビリ環境のあり方について考察する。

寄稿 岩堀 幸司氏

生活模擬体験を活用したリハビリ

 私たち視察団を案内した担当者は同システムの特徴として以下7項目を挙げました。

  1. 日常生活で使うモノや状況の中で体の各部を動かすことにより、元の生活に復帰後の生活に十分対応できるよう強調機能を養うことができる。
  2. 器械による訓練と異なり、患者は実践的にどのような動作がよい、あるいは悪いのかを実感することができる。
  3. 訓練期間を短縮化し、患者と病院の経費負担を軽くできる。
  4. 療法士が同じ環境下で患者の平衡感覚・調和感覚・視聴覚能力の観察を行い、患者の回復度を診断してから退院の予定を組むことができる。
  5. 患者の回復への動機を高めることができる。
  6. 患者が退院後に生活する環境の模倣(シミュレーション)が可能である。
  7. 理学療法・作業療法・言語療法、夫々の業務の垣根を超えたリハビリ・治療が可能となる。

これらを具現化したリハビリ環境の一例が次の写真です。左手に銀行窓口、奥には商品の陳列台やキャッシャーを実物そのままに模した「模擬生活空間」が作り込まれています。この空間をリハビリの場として活用し、患者が元の生活が当たり前のように送れるかを自然に体験することで、自信と確信を持った上で自宅に戻るという仕組みです。

Independence Square(自立広場)
Independence Square(自立広場)

なお、「自立広場」では他に、レストランや自動車、歩道と車道を区分する段差や働くオフィス内部、ゴルフ場のグリーンなど、さまざまなシチュエーションが用意されています。「生活に関するあらゆる場面を体験し、そこでの日常動作が可能であることを検証してから自宅復帰させる」というリハビリは、筆者にとってとても新鮮かつ興味深いものでした。

日本で求められるリハビリ環境

 このリハビリ手法は、日本で推進されている「地域包括ケアシステム」の構築にも奏効すると考えます。高齢化が進む中、国民全てが社会的な生活を送ることができるようにすることは、コミュニティーのあり方を考える際の重要な要件です。地域包括ケアシステムはその延長線上にあり、「高齢になって体力などが衰えてきても、たとえ介護が必要になったとしても、住み慣れた土地で自分らしい生活を最後まで送り続けたい」という国民の願いを実現するためのシステムといえます。実現には、地域包括支援センターやケアマネージャー等、さまざまなケア・サービスの提供も大事ですが、一方で社会的負担軽減のためにも、国民一人ひとりが健康の維持・継続に向けた取り組みを行うことも大切です。

 

これからは、「自立のための自信も養成した上で日常生活を可能にする」という、精神面も含めた総合的なリハビリが求められると思われます。「自立広場」はその観点から、今後のリハビリのあり方に一石を投じる手法ではないでしょうか。

 

特に大事なのは、寝たきりや要介護に至るタイミングをできる限り遅らせると共に、予防にも努めることです。対策として、リハビリ器具メーカーでは「器具メーカーの範疇を超えて、ADL※トレーニングのソフトも含めて提供する」といった新しい取組みが始まっています。コンセプトの根幹は共通して「使用対象者が自立し、自信を取り戻すためのリアルな住環境の提案」です。

見学施設の一つ、JFK・Jonsonリハビリテーション研究所を案内いただいたアンソニー・カゾーラ氏は、大事なポイントに次を挙げています。

  1. 生活環境として全体の雰囲気を完璧に出す。
  2. 高齢者が多いので飽きないように、一回の訓練量を少なくしあらかじめの計画立案・効果予想・効果の検証などの積み重ねが大事。
  3. 基礎訓練と「自立広場」の体験を並行して進行し、組み合わせることによって、つらく面白くない基礎訓練が大事だという意味が理解できて継続し効果が上がる。

医療制度などの背景が異なり簡単には比較できませんが、受診者の平均年齢67歳で入院期間は平均14・3日とのことでした。

背景にある医療制度と医療費

 周知のように、米国と日本では医療制度が異なります。歴史的に自由診療をモットーとするアメリカはヨーロッパ型の社会主義的ともいえる保険制度を嫌い、導入は先進国で最も遅れました。ようやく1910年に労働組合の圧力で一部の州で私的保険が発足しました。紆余曲折を経て20世紀末には「患者と病院・医師をコントロールして医療の質を確保しつつコスト削減を達成する仕組み」としてマネジド・ケア型伝統的医療保険、HMO※、PPO※、に大別される保険制度に集約されていきました。考え方の根底には、医療費の膨張を抑制する狙いがありました。

 

共通した医療費節約の方法として、入院日数事前査定、入院中の診療内容審査、強制セカンドオピニオン、外来手術の奨励、などがありました。とにかく早期退院、ということです。米国のある病院では、出産を終えた産婦が顔色も優れないうちに大きな荷物を抱えてそそくさと退院してゆくのを見て驚いたのを思い出します。

 

日本と違い、米国には「国民皆保険制度」がありません。患者が治療法を選択する判断基準は、「リハビリを含め医療費のうちどれくらいを民間保険で賄えるか」です。一方の保険会社はコストを抑えるため、効果がないと判断できる治療を保険対象からどんどん外してしまいます。患者が早期退院を目指すのは医療費のためであり、効果的なリハビリが考案される背景もここにあると思います。

 

対極が非マネジド・ケア型伝統的医療保険で、加入者が医師や病院を自由に選択することができる反面、出来高払いで医師が医療の供給を増やせば増やすほど収入が増え、保険収支が赤字になるというシステムでした。いずれにしろ医療が進めば進むほど増大する医療費は、世界的な課題だったといえるでしょう。

 

日本では、2003年のDPC(包括医療費支払い制度方式)が試行期間を経てスタートしました。支払い費用の目安を定めるとともに、医療の質と効率の両立を目指したシステムです。その中で、リハビリに関しては一部地域包括ケア病棟などを除いて出来高払い(上限はありますが)の考え方となっています。

地域包括ケアシステムとリハビリ

 「2020年度診療報酬の基本方針」では、人生100年時代を迎え、高齢者をはじめとする意欲ある方々がそれぞれ役割をもって活躍する社会を目指すということで「健康で自立して働く」ことを掲げています。

 

医療・福祉の「具体的方向性の例」としては、労働環境改善のための「マネジメントシステム」「タスク・シェアリング」「チーム医療」「ICTを活用した医療連携」「アウトカムにも着目した評価の推進」などのキーワードが並んでいます。今後の医療の改革、取組むべき方向性を示しているといえます。

2025年、日本では団塊の世代が75歳を迎え、国民の医療や介護の需要がさらに増加することが見込まれています。医療保険・介護保険など公的な制度の中、地域の役割が増大し、人も自治体も自立が求められるでしょう。

 

流れの一環として、病院の機能分化や入院期間の短縮などに対応する「地域包括ケアシステム」の構築がクローズアップされています。改正の狙いは、医療が必要な人、重度の要介護の人、一人暮らしの高齢者、認知症の人達を入院入所ではなく、地域で支え、地域で生活ができるしくみを構築することにあります。

 

注目されるのは、健康状態から要介護に至るまでの中間的な「フレイル」段階の兆候をとらえることで、身体・精神・社会的に不健康になることを防ぐ取組みと精神・身体機能そのほか多くの分野がチームを組み「人格・社会性の回復」を目指す取組みです。さらに急性期から回復期・生活期への移行に伴ってリハビリの内容も変えていかなければならないでしょう。

新しいADLトレーニング環境

 日本の高齢化は諸外国に例をみないスピードで進行しています。医療や介護需要の増加を放置するわけにはいきません。約800万人の団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、地域包括ケアシステムでは高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもと、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる仕組みの構築を目指しています。

 

そこでますます重要になるのがリハビリです。一度低下した身体機能を回復するリハビリは決して楽なものではありません。頑張ろうというモチベーションにつながる環境づくりが必要です。

 

地域包括ケアの時代が求めるリハビリシステム

地域包括ケアの仕組みの中で、最もリハビリが必要とされる場が、地域包括ケア病棟です。ここでは、急性期治療を経過し病状が安定した患者に対して在宅や介護施設への復帰支援に向けた治療や支援を行っています。

 

モチベーションにつながる環境づくりの好例が、新百合ヶ丘総合病院(563床)のリハビリテーション科で、急性期~回復期~生活期と一貫したリハビリのシステムを提供しています。

 

特に回復期の患者向けにはADL能力の向上を図るために、実践的なリハビリを提供することで、早期在宅復帰を目指しています。

新百合ヶ丘総合病院(563床)のリハビリテーション科
新百合ヶ丘総合病院(563床)のリハビリテーション科
同上
同上

具体的には、個々の機器を並べるだけでなく、トイレ、浴室、ダイニングキッチンなど生活環境そのものを再現するとともに、患者が社会復帰するにあたって遭遇する場面を行動シークエンスに沿って包括的に訓練しています。浴室や水回りの寸法や手すりをフレキシブルに設定できるため、一人ひとりに合ったリハビリを計画できるとのことです。導入施設で現場を担当したセラピストは以下の効果を上げています。

 

〇見栄え・新しさで患者から選ばれる要素の一つになる効果

  1. 病院の特徴としても注目され、患者増・リハビリテーションスタッフ採用にも有効。
  2. セラピストのモチベーションが高まる。

〇住環境を再現することによる効率・効果

  1. リアルで患者・家族が在宅復帰後のイメージがし易い。これが非常に効果的で重要。
  2. 特に女性は、退院後自宅での家事に対し自信を持つことができる。
  3. ケアマネージャーが患者宅へ何度も訪問する必要が無く、住環境での問題抽出・改修のイメージが容易。時間と交通費を削減できる。

今後はこうした環境重視型リハビリが注目されるのではないでしょうか。