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柏プロジェクトの実践

 国は政策の柱として、地域において住まい、医療、介護、予防、生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」を2025年を目途に推進している。基礎自治体が地域の実情を熟知しているため、サービスの担い手は国ではなく市町村だ。したがって全国一律ではなく、地域特性に合わせた体制整備が進められている。

本稿では、地域包括ケアシステムのモデルとして「柏プロジェクト」を特集しており、秋山浩保氏(柏市長)、辻哲夫氏(東京大学高齢社会総合研究機構・未来ビジョン研究センター客員研究員)、千葉光行(健康都市活動支援機構理事長)による対談に続き、「柏プロジェクトの実践」について東京大学高齢社会総合研究機構の神谷 哲朗氏より寄稿いただいた。

寄稿 神谷 哲朗氏(東京大学高齢社会総合研究機構)

 東京大学高齢社会総合研究機構は、2009年に総長室総括委員会の下に設置された。医療・福祉領域にとどまらず、経済・産業・文化の広い領域での複雑な課題を解決するために、医学、看護学、理学、工学、法学、経済学、社会学、心理学、倫理学、教育学などを包括する新しい研究体系を築くことを目指している。総合知としてのジェロントロジーを推進すると共に、エビデンスベースの政策・施策提言(Evidence based policy making: EBPM)を行っていくことも活動の一環としている。

 

同大学のキャンパスがある千葉県柏市と連携し、今後の日本の超高齢化に着目した取り組みとして、在宅医療を基本に置いた在宅ケアから始まり、近年は高齢者のフレイル予防、生活支援などにも研究体制は拡充され、これと呼応して、民間事業者の参画を促す目的で産学官連携のプロジェクトも発足した。これまでの研究成果は、高齢者の在宅医療を含む多職種連携を始めとして全国の自治体の政策に反映され、これらの活動の主軸となる柏プロジェクトは世界からも注目されてきている。

超高齢人口減少社会の到来

 令和元年厚生労働省発表簡易生命表によると、我が国は男性の平均寿命は81.41年、女性の平均寿命は87.45年となり、前年と比較して男性は0.16年、女性は0.13年上回り過去最高を更新しています。2025年には最大の人口集団である団塊の世代が後期高齢期に入り、その後の10年では85歳以上の人口のみが急速且つ大幅に伸びますが、国立社会保障・人口問題研究所が2018年に公表した推計で、15年に約490万人だった85歳以上の者が、2040年をピークに約1000万人と、この20年間で2倍増する見通しが示されています【図1】。

 更に100歳以上の人口も昨年の約8万人から今後数年の間で12万の人に達し、毎月1万人もの人々が100歳を迎える社会が近づいてきており、文字通り人生100歳の時代を迎えます。2060年には少子化の進行に相まって日本の高齢化率は現在の約28%から約40%にまで上昇しますが、その中身は2020年以降から85歳以上の高齢者が人口のかなりの割合(国民10人にひとり)を占める社会の構造となります。この様な社会が定常化することなることを私たちは自覚しておくことが大切です。(【図2】年齢別死亡者数の歴史的推移を示していますが、2020年以降、亡くなる方の割合は75歳以上の方でほぼ占められ、中でも85歳以上の割合が2/3となることを示しています)。

私たち、多くの高齢者は平均的にみると85歳を過ぎると加齢に応じて、心身の虚弱化と認知症は大幅に増加していくことは既に分かっております。しかもご高齢者の世帯は一人暮らし世帯が一番多く、次に夫婦だけの世帯が多く、子との同居は少数派となってきています。既に全国の地方都市を中心に、急速な高齢化と少子化が進行しており、中山間地域では深刻な過疎化が課題となっており、所謂2025年問題は既に通過している状態といっても過言ではありません。

 

今後の日本の最大課題は、大都市の郊外団地を中心にこれから85歳以上の高齢者が大きな割合を占める社会となっていくところにあります。既に昭和40年代の高度成長時代に整備された都市部郊外団地では深刻な高齢化が進行しており、空き家が急増し限界集落に至っている地域が多発しています。大都市圏において郊外の住宅地に住んでいる大きな人口集団である団塊の世代は70歳を過ぎたところであり、日常生活において老いの兆候は感じているものも今は比較的元気で極めて快適なので、未来に向けた虚弱化対策の必要性に気が付かない方が大半を占めているのが現実と考えています。しかし、老々世帯或は一人暮らしで、心身の虚弱化と認知症の状態で弱ってきたら、日常生活に必要な防犯や家庭からの資源ゴミやゴミ出しの管理等を担ってきた自治会・町内会、あるいは子ども会の運営などの地域運営が難しくなってくるし、空き家、空地の増加による居住地域のイメージダウンはさらに悪循環を加速させて地域を更に衰退させていきます。

 

こうした兆候は既に発生しており、このような時代に日本はどのような対応をしていけばよいのでしょうか。国は年をとってもできる限り自立が維持でき、弱ってもできる限り住み慣れた住まいで最期まで住み続けられることを目指し、地域包括ケア政策を推進しています。2025年を間近に控え、社会の常識やシステムの変容が迫られているといっても過言ではないと思います。正に住民の総意で健康都市を築いていくことが我々の最大責務と考えます。

 

その為の重要な視点は、どの様な地域にあっても、ご自身の住まわれる日常生活圏内で日常生活を続けるための生活支援サービスが身近にあり、24時間対応の在宅医療と在宅看護・介護サービスが総合的に確保され、更には虚弱になりにくいような活性化したコミュニティを目指した自助、互助を基点とする、新たな地域包括ケアの概念構築を突き進める必要があると考えて本研究が開始されました。

 

コロナ禍が日本の高齢者のフレイルを一層進行させている現況において、以上のような考え方に立ち、本稿においては、首都圏の高齢化最前線地域の一つといえる千葉県柏市におけるプロジェクトの取り組みを参考にしつつ、地域包括ケア政策の視点から超高齢人口減少時代のフレイル予防体制整備に向けての道筋を提案いたします。

地域包括ケアの背景

(1)日本人の高齢期の姿

 東京大学高齢社会機構(以下「IOG」という)秋山弘子特任教授が20年の歳月をかけて調査し作成されたデータを通して日本人の老いの推移を研究されました【図3】。

 平均的に見て、高齢期の自立度の形は、男性の一部の自立者を除いて65歳前後から急激に重い要介護になる層が男性、女性ともにそれぞれ1割から2割程度あり、一方で、男性女性とも75歳前後を境に徐々に自立度が落ちていく方々がそれぞれ7割から9割程度を占めてきます。後期高齢者(とりわけ85歳以上の人口)が大きな割合を占めるこれからの社会は、自立度を落とした虚弱な大集団が高齢期を迎えなくてはいけない社会であることがわかります。

 

65歳前後から急激に自立度が下がるグループは、生活習慣病の増悪による脳卒中等の病気が主原因ですが、75歳を過ぎて徐々にレベルダウンしていくグループが今回のテーマの対象者です。この状態をもたらす主な原因は「加齢に伴う虚弱化(フレイル)」と呼ばれております。生活習慣病予防については、すでに国の政策として体系化されておりますが、今後は虚弱化(すなわちフレイルの進行)を遅らせることに重点を置いた、より早期からの介護予防を進める必要性があることを示していると思います。一方、このデータが物語るもう一つの重要な点は、PPK(ピンピンコロリ)は極めて稀であるということを示してもいます。

(2)地域包括ケアの深化とフレイル予防

 今後の超高齢社会は、自助、互助をしっかり位置付けて、自らがフレイルを自覚して自立する努力をすることや地域が様々な助け合いのあるコミュニティがなければ、社会保険料や税を財源とする専門職サービスも確保しきれなくなってしまうことになりかねません。介護サービスの給付制度として始まった介護保険制度において、コミュニティを基本に置く自助/互助の理念をより重視し、地域支援事業としての介護予防と生活支援を高齢者の医療やケアの政策のより手前の段階に位置付け重視していますが、フレイル予防の政策提案は、地域包括ケアの概念をより深化させ、その構造をより盤石なものとすることに繋がると考えます【図4】。

 健康寿命の延伸が叫ばれている中、2025年には団塊世代が後期高齢者になっていく大きな節目であると認識されていますが、この団塊世代についての対応を誤ると、首都圏を中心にフレイル高齢者の爆発的増加を生み出し、地域包括ケアの概念を根本的に揺らがせることになります。介護等各分野の専門職および行政、国民すべてがこのフレイル対策の趣旨をしっかりと理解した上で、従来の予防施策にフレイル対策の新しい風を吹き込むという、まさにパダイム転換が強く求められているタイミングといえます。

(3)フレイルの概念

 人は加齢が進むにつれ心身機能の低下をきたし、日常生活の活動量や自立度の低下を経て、やがて要介護の状態なります。認知症の発症は80歳ころから徐々に増加し、85歳で4割、90歳代で6割、95歳で8割に達します【図5】。認知症も含めてこの加齢に伴う心身機能の顕著な低下を虚弱「フレイル」と呼んでおり、サルコペニアといわれる筋肉減少症や要介護の主たる要因となっています。

 認知症も含めてこの加齢に伴う心身機能の顕著な低下を虚弱(frailty)と呼んでおり、サルコペニアといわれる筋肉減少症や要介護の主たる要因となっているのです。日本老年医学会は、要介護になる手前までの徐々に虚弱になる過程を日本語で「フレイル」と定義しました。現在までの政策の主流であった要支援段階での介護予防の重点を、より早期の可逆性の高い段階での対応であるフレイル予防に移していくことが大きな課題です【図6】。

 住民の総意で健康都市を築いていくことが我々の最大責務ではないでしょうか。重要な視点は、どの地域にあっても、日常生活圏内で生活を続けるための支援サービスがあり、24時間対応の在宅医療と在宅看護・介護サービスが総合的に確保され、虚弱を防ぐことに役立つ活発なコミュニティ活動が存在することです。柏プロジェクトは、そうした新たな地域包括ケアの概念を構築するためにスタートしました。

柏プロジェクトの全体像

 生活習慣病対策は国の政策として推進中ですが、介護予防の政策体系はまだ構築途上にあります。そうした中、東京大学高齢社会総合研究機構の飯島勝矢教授は、「柏スタディー」と呼ばれる大規模コホート(※1)研究により、特にサルコペニア(加齢性筋肉減弱症)を中心に、新しい知見を数多く見出してきました。これまでの約10年間の追跡研究から、高齢期におけるフレイルの要因は、「栄養(食・口腔機能)」、「身体活動(運動など)」、「社会参加(就労、余暇活動、ボランティアなど)」の3つに集約することができるとし、フレイルの早期の兆候を示す3つの要素に着目した三位一体型の予防プログラムである「フレイルチェック」を完成させました。以下、概要を紹介します。

※ 1 コホート :   団塊の世代等同一の性質を持つ集団

(1)介護予防システムの再構築「スタディー」

 2012年から千葉県柏市をフィールドとする大規模高齢者フレイル予防研究「柏スタディー」として「高齢者の食力」を考え直す「栄養とからだの健康増進調査事業」を開始し、現在も縦断追跡調査を継続しています。平均年齢75歳の健常な柏市民約2千名の方を対象に約270項目にもわたる検査項目を実施し、各個人について経年的に追跡することにより、新規に介護認定を受けるまでのプロセスを明らかにする追跡調査研究です。

 

調査では約80名の市民ボランティアの協力を得て、柏市各地に設置された近隣センター(集いの場)や体育館等の20会場で、1人あたり約2時間の時間をかけて健康調査を行いました。柏スタディーには内科・認知症・整形・栄養・歯科界からの専門の研究者が参加しています。2021年は第6次の調査に入っています。

 

本研究はサルコペニアを視点に、「些細な老いの兆候」を多角的側面から評価する形で推し進め、最終的にフレイル予防の観点から「市民により早期の気づきを与え、自分事化させ、どのように意識変容~行動変容させ得るのか」という着眼点を持って出発しました。そこでは心身状態(些細な老いの兆候)への精緻な学術的評価アプローチと併行して、将来的に国民自身が意識変容、そして行動変容へと移り変わりやすくするための簡便なスクリーニング指標を確立することも必須な事項として取り組まれています。

 

本研究において対象者を3群(健常群、サルコペニア(四肢の筋肉量減少症)予備群、サルコペニア群)に分け、数多くの評価項目を比較してみたところ、高齢者は、単に身体活動機能低下だけではなく、歯科口腔機能、食品多様性をはじめとする食の偏り、生活に広がりや人との付き合いなどを代表とする「社会性の低下」の影響が強く関連していることが明らかとなりました。そして日常的に運動、栄養、社会参加の3つを実践していない方は、それらを全てやっている方に比べて3.5倍もサルコぺニアになる危険率があることが分かりました。【図7】

また、本研究では「指輪っかテスト」というユニークかつ簡便にサルコペニアを予防する為の評価を考案しました。人差し指と親指を結び、ふくらはぎのいちばん太い部分を囲んで「囲めない」、「ちょうど囲める」、「隙間ができる」という、3グループに分ける調査です。 

 

この3群を詳しく比較してみると、「隙間ができる」群にはサルコペニアの危険率が6.8倍も多く含まれ、2年間のサルコペニア新規発症リスクも3.6倍も多いことがわかってきました。【図8】

また、「隙間ができる」群にはバイオインピーダンス法(※2)による骨格筋量の測定で有意な低下が認められ、筋力の衰えだけではなく、食事摂取量の低下や口腔機能の衰え、生活の質の低下や共食の少なさ等も同時に認められました。更にサルコペニア有病率、うつ傾向・転倒歴なども強く認められてくることがわかりました。

 

自立されている高齢者を対象としたコホートでの約4年間の追跡調査においても、「隙間ができる」群には他の群と比較して総死亡リスクが約3.3倍もあることが認められています。指輪っかテストの特徴は、高齢者が自らのフレイル度をみる上で、日常的に簡単に行うことができることです。足腰の衰えに対して気付きを与え、行動変容に向けての動機付けをする期待もできます。

 

(2)三位一体型の予防プログラム「フレイルチェック」

「柏スタディー」で得られた様々な知見を基に「指輪っかテスト」での知見等を活かし、住民同士でお互いにフレイル度を簡単にチェックできる簡易評価法(フレイルチェック)を考案しました。これは介護予防の早期予防ポイントを住民に意識させる地域活動のモデルになっています【図9】。

※2 バイオインピーダンス法:体内に微弱な電流を流し骨格筋量や体脂肪率を推定する方法

「フレイルチェック」は、元気高齢者がフレイル予防サポーター(通称フレイルサポーター)になり、住民主体で楽しい場をつくると同時に意識変容・行動変容を促す地域活動です。3つの要素に着目したさまざまなフレイル予防に関わる内容について、あらかじめ用意されている22項目の評価方法の下でフレイルサポーターが協力をしてチェック(測定)を行います【図10】。

①「フレイルチェック」のねらい

 フレイル予防のキャッチフレーズは、フレイルチェックを通して「しっかり噛んで、しっかり食べ、しっかり歩き、そしてしっかり社会性を高く保つ!」です。さまざまな地域においてフレイル予防を従来の介護予防事業と融合いただき、新たな地域活動として引き継いでいただくことが狙いです。生活習慣病における血液検査等の結果に比べて、フレイルチェックの結果はその場で明らかになります。心身の状態への気づきとサポーターの励ましにより、改善に取り組む意欲を高めることができるのです。

②高齢期において社会性を維持する意義

柏スタディーにより「フレイルは、社会性(人とのつながり、生活の広がり)の低下が、その端緒であることが多い」というエビデンスが明らかになったことはとても重要です。フレイルチェックの項目には社会性に関する事項が含まれており、質問を通して「高齢者同士が地域の中で社会性のある生活を続けることが、健康長寿の為に重要」という認識を促す設計になっています。高齢者が社会性を失うことでドミノ倒しの様にフレイルが進行してしまうことを防ぐことを理解し、高齢者同士が支え合うまちをつくっていく、即ち、フレイル予防は地域高齢者による新たな「地域づくり」、「まちづくり」であるということを皆で話し合う場ともなります。

 

フレイルチェックは参加者が自らのフレイルの状態に気づき、早期の状態においてよりよい生活改善を目指す「一次予防」にあたります。「栄養(食、口腔機能)」、「運動」、「社会参加」の要素を学び、三位一体型で取り組むプログラムです。フレイルは早期の状態(即ち、フレイルチェックで赤シールの割合が少ない段階)であれば、地域のさまざまな健康づくりの資源を活用することで本人の行動変容を促し、赤シールを1枚でも減らして健康な状態に戻すことができます。【図11】

赤シールの割合が増加してきた段階(個人のフレイルが進行してきた段階)になると、日常生活の中で老い衰えた状態が認識され始めます。徐々に不可逆的な虚弱状態に陥る危険性が高くなり、介護認定が必要な領域に近づいてきていることを示しますが、それを早期に発見することが重要なのです。

 

フレイルチェックは、地域元気シニアが中心となり、「栄養・口腔/運動/社会参加の三位一体」を軸として、集いの場を気づきの場にしていく仕組みです。これまでの調査では、フレイルチェック参加者の89%が「また参加したい」と回答し、フレイルサポーターの94%が「やりがいを感じる」と回答しています。

③オーラルフレイル予防

柏スタディーは、フレイル予防には、食(タンパク質と野菜)と併せて口腔機能の維持が大切というエビデンスを明らかにしています。口腔機能の虚弱化は「オーラルフレイル」と定義されており、この分野への理解を深めることが注目されています。【図12】

フレイルを加速させるサルコペニアは、四肢の筋肉だけではなく、噛む力や飲み込む力にも影響を与えます。口腔内の筋肉量や筋力が低下してくると、食事中に「食べこぼし」をしたり、お茶や汁物でむせたり、硬いものが食べづらくなったり、滑舌が悪くなるなどさまざまなトラブルが現れ始めます。

 

やや固くて食べにくいものを避けて軟らかいものを好んで食べていると、噛むために必要な筋肉が衰えて咀嚼機能がさらに低下するという悪循環に陥ります。ささいな口のトラブルは、フレイルの前段階であるプレ・フレイル期に現れます。何もしなければ口腔機能の低下が進み、摂食嚥下障害や咀嚼障害といった食べる機能に障害をもたらすこともあります。食事が偏り、栄養バランスが乱れて低栄養状態から要介護状態に陥るリスクも高まります。健やかで自立した暮らしを長く保つには、ささいな口のトラブルを見逃さず、早期の段階で気付くことが大切で、かかりつけの歯科医とも相談しながら口腔機能の回復と維持に努めることが必要です。

 

④フレイルチェックの全市普及にむけて(柏フレイル予防プロジェクト2025)

柏市は市域全体において、「柏フレイル予防プロジェクト2025」により介護予防を展開しています。フレイルチェックは、地域住民の健康の学びの場でもあります。これを受けた市民がフレイル予防の大切さに気付き、その認識が地域に広がることが期待されます。さらに、市町村が行っている食生活支援や体操教室等のさまざまな一般介護予防事業に相乗効果をもたらすことも期待されます。

 

フレイル予防には「社会性の維持が大切」なため、柏市は各行政分野のコミュニティ関係事業にも連動させ、市政全体を通ずるフレイル予防のまちづくり事業を展開しています。定期的なフレイルチェックの測定結果をデータ化することで個々人の心身の状況や予防効果を経時的に確認することができ、そのデータを自治体の介護予防政策の立案に反映させることも可能となってきています。

 

2021年3月現在、柏市で開発されたフレイルチェックの取り組みを全国73市区町村の自治体が導入しており、更に全国に普及することが期待されております。【図13】

「フレイルチェック」を土台に、「個人の意識変容・行動変容」と「それを強力に促すための良好な社会環境の実現〈健康のための支援(保健・医療・福祉等サービス)へのアクセスの改善と地域の絆に依拠した健康づくりの場の構築など〉」の両面へ早期予防政策を展開することが重要です。

改めてまちづくりという視点で従来の健康増進事業や介護予防事業をみつめ直し、新しい風を入れるべき時がきているのではないでしょうか。

フレイルが重度化した段階においての対応

(1)フレイルハイリスク者と新規の要介護認定リスク

 全国で展開されているフレイルチェック活動において、一定のエビデンスが出てきています。【図14】は柏市で実施しているフレイルチェック初回参加者約1500名を対象に、新規要介護認定者及び死亡者との関係を示した結果です。フレイルチェックの合計赤シール数が多い人ほど、要支援・要介護の新規認定や亡くなるハザード率が高いことが分かってきました。具体的に、青シール数17枚以上を低度リスク群と設定してみると、青シール数が14~16枚の中度リスク群の方は要支援・要介護認定・死亡に対する危険率が1.5倍と高く、さらに青シール数が13枚以下になる高度リスク群では要支援・要介護・死亡率が急激に上昇し、要支援・要介護認定・死亡に対する危険率が3.4倍と高値になっています。しかし、一方でこの高度リスク群の段階においても、青シール数が1つ増えると要支援・要介護認定が16%も減少することが判明しました。

 

フレイルチェックに継続して参加している高齢者を追跡した結果、青シールが多かった参加者はその後も青シール数を維持し、少なかった参加者も増加傾向にあり、リピーター市民の72%がフレイルにならないように気を付けるようになった等の意識変容を促すといった科学的根拠をもった形で一定の成果を挙げてきました。しかし赤シールが多くフレイル状態にある高齢者に対する専門職によるアウトリーチ支援は限られており、地域により対応も異なっています。

 

今後、高齢化の加速でフレイル兆候の多い参加住民(身体的フレイルだけではなく、心理的・社会的フレイルの重複)が増える可能性もあることから、このフレイルチェックという市民主体の簡易評価により判明したハイリスクグループを地域の医療・介護サービス等に繋げる体制の構築が求められています。重要なポイントは、この「フレイルハイリスク領域」においては、本人の努力のみでの改善は厳しく、「周囲からの適切な介入により健常な状態に戻す」ことで可逆性を目指さなければならないことです。

 

市町村の総合事業の実施に伴い、要介護・要支援認定申請に基本チェックリストを活用する仕組みが設けられています。これは二次予防事業対象者の把握や、必要なサービスを利用しやすくするために本人の状況を確認するツールとして有用です。しかし、基本チェックリストの評価項目のみで一般介護予防事業での改善効果を継続的に把握することは困難でした。22項目からなるフレイルチェックは、「イレブンチェック」と「深堀チェック」の二本立てで構成されており、前者は本人自身の主観的健康観を、後者は主に身体機能、能力を測定する客観的データを扱うものです。柏市での知見では、新規要介護認定者でなくとも、赤シールが8枚以上、或は8枚に達していない段階においても、「椅子からの片足立ち上がり」「滑舌」「握力」の3つの項目で赤シールがあった場合をフレイルハイリスク者として特定し、より早期に発見し適切に介入することの重要性を示唆しています。

 

 

赤シールが少ない、フレイル低~中リスク領域においては、早期予防すなわちポピュレーションアプローチ領域として、民間事業者や地域サロン等の集いの場での健康づくりに向けたグループワークや啓発活動が活発に進んでいますが、一方のハイリスク領域においては、行政或は民間専門職による個別介入を介して生活機能の維持・向上を図りつつ、健康な状態の期間を延伸させていく、新しい自治体事業モデル(フレイル予防を含めた介護予防政策体系、~可逆性の高い段階からの戦略的な展開~)の政策体系として構築されていることをご理解下さい。

(2)フレイル段階に応じた具体的な政策体系へ

高齢者の保健事業と介護予防が一体的に実施されつつありますが、介護予防に関してはフレイル予防を基軸としてフレイル段階に応じた具体的な政策として

  1. 低リスク層に対するセルフマネジメントの強化
  2. 中リスク層に対する意識変容・行動変容に向けた既存事業への誘導
  3. 高リスク層に対するフレイルの実質的改善に向けた積極的包括的介入

が地域に根付くことが、今後の政策課題であると考えています。

フレイルサポーター或は専門職がフレイルチェックの結果を活用することで、参加者の気付きとフレイルハイリスク者への適正介入への誘導が可能となってきており、この仕組みを活用して新しい介護予防政策に転換されていくことが期待されています。さらに総合事業による生活支援の取り組みや、医療と介護を一体的に捉えた連携事業にも貢献していくことも期待されます。

早期予防(一次予防分野)としてのフレイル予防は民間企業の役割も重要

 フレイルは「病気」ではありませんので、特別な予防ということではありません。一次予防として日常生活の延長線上で展開されることが重要で、民間企業が創意工夫を凝らして事業参入ができる分野でもあります。

 

フレイルチェックにおける測定項目は病気を発見するための判定基準ではなく、フレイルに関し早期の状態において本人に気付きを与え、よりよい生活改善を目指す「一次予防」の方法としての測定項目です。フレイルチェックが自治体の手法と同じ形で行われるのであれば、民間の店舗や商店街などにおいても行うことができるようになります。フレイルチェックを行政と連携して民間企業が行うとともに、本人の将来的な要介護のリスクを改善するために提供されるフレイル予防に資するさまざまな商品やサービスを提供すれば、地域住民のフレイルの進行を抑制するとともに、地域経済の活性化にも寄与し、政府が取り組む健康産業の振興にも貢献できます。「虚弱にはなりたくない」という国民の願望を普通の日常生活の中でビジネスチャンスに転換するという考え方です。自治体にとっても、住民の虚弱化予防は介護保険の負担減に寄与することに繋がり、民間企業の活動とはWIN-WIN関係で連携が可能です。言い換えれば官民連合のフレイル予防政策・対策については地域の虚弱化を予防する新しいまちづくりの原動力となるのです。

新しい生活様式に基づく地域支援ICTプラットフォーム

 現在、さまざまな省庁が先導し、AI技術等を駆使して高齢者対応の運転技術支援といったモビリティ事業やロボットテクノロジーを開発しています。しかし、こうした先端技術の導入以前に、地域社会自体が高齢者のフレイルの実態を正しく認識し、地域住民が自助や互助についての体制づくり(まちづくり)に向けて取り組むことが重要であるという認識を持たなければ、先進技術は地域社会ではうまく活用されないのではないでしょうか。情報利活用システムも同じです。地域が安心して生涯住み続けるための装備として情報システムをうまく機能させるためには、地域に住む人々がフレイルの概念を正しく理解し、地域住民主体で取組むコミュニティの基礎を作ることが大変重要と考えております。

(1)フレイルの進行とICT利活用の課題

 フレイルの進行は例えば高齢者の運転免許証の返納直後からくる買物困難、通院困難等の問題などそれまで普通にやっていた日常生活の維持が保てなくなることから端を発し、その後急速に自宅内生活環境を悪化させ健康状態維持に悪影響をもたらすプロセスを辿ります。地域包括ケアシステムで進めている在宅医療や介護サービスの強化に加えて、フレイル期においての日常生活の維持を支援するための通院介助、調理、買い物、掃除、ゴミ出しなどの生活支援体制確保が大変重要な課題になってきます。

 

総務省のデータによると、80歳を超えるとインターネットへのアクセスが急速に下がり、それまで使用していたスマートフォンなどのICT機器からも遠ざかることが示されています。特に加齢とともにパソコンやスマートフォン等の基本操作を忘れてしまい、突然使えなくなることが懸念されています。団塊世代のソーシャルメディアの利用率は高いのでICTの利活用を維持できるのではないかという考えもありますが、85歳を過ぎた辺りから普通に日常生活ができにくくなる層が大集団となる社会へ移行した時のことを考えておく必要があります。【図15】

まず地域に高齢者の生活を支える人のネットワーク体制を設け、それを利用しながら個人の心身の機能が低下しても地域が支えながら情報端末やICT機器等を活用できる仕組み、即ち社会技術と情報技術の開発を組み合わせることが望ましい姿といえます。

(2)社会技術の開発としての柏市豊四季台地域での支え合い会議

 高齢化が著しい豊四季台地域では、商店やスーパーなどへ行くことも難しくなってきた住民の増加が課題になっています。地域には認知症やさまざまな疾病の患者、ケアサービスの受給者が混在しており、個人差が大きいことも課題を複雑にしています。柏プロジェクトの研究フィールドである豊四季台団地の住民は、先ずはICTシステム活用以前の課題としてのフレイル予防と生活支援についての地域課題を徹底的に議論してきました。その結果、地域における生活支援体制整備事業を土台として、地域の困りごとを一元的に受け止めるコンシュルジュ機能を持った相談窓口「さんあいネットワーク」が導入されました。そこでは、高齢者のフレイル予防として、居場所づくり(子ども食堂・大人食堂・カフェ等も含む)を行い、地域高齢者の社会性を維持する仕組みをつくることも目指しています。地域の独居・老々世帯で、フレイル予防と居場所づくりを相互に好循環させることが目的です。こうした環境が整備された中でICTシステムを導入すれば、高齢者への対応と地域活動を効率かつ活発化できるのではないでしょうか。

(3)豊四季台地域でICTシステムの展開構想

 ICT機器のカメラを使った顔の見える通話機能は、馴染みの関係者同士で会える会話環境を作り出します。こうした機能を使えば、地域コンシュルジュと高齢者との間で会話ができ、ICTリテラシーが低下した層に対しても糸口を開くことが可能です。高齢者個人への生活支援サービスだけでなく、本人が望めば健康状態の相談や契約先の介護・看護のサービスと繋ぐことも緊急見守りサービスとの接続や別居の家族と繋ぐことも可能となります。

 

また、その過程で、潜在的なICTリテラシーを呼び起こすことができるケースも期待できます。生活支援にかかわる公的窓口や民間窓口が地域コンシュルジュによる相談システムと繋がることで、通信費やインフラ設置の負担減も見込め、超高齢社会の基本インフラとして地域型ICTネットワークが全国各地に広がることも期待されます。豊四季台地域では「地域支え合い会議メンバー」である「普及啓発・ネットワークWG」が中心になり「さんあいネットワーク」導入の議論を積み重ねてきました。これまでの地域での困りごとへの対応には、町会、自治会、民生委員、NPO団体、ボランティア団体、行政が独立して対応してきましたが、地域課題の総リスト化、地域活動で解決できることのリスト化、民間事業者で解決できることのリスト化をすることで、課題への対応強化を目指しています。【図16】

都市部での生活支援体制整備事業では、公的な相談だけでなく民間部門による対応への転換も求められています。豊四季地域に設置した地域コンシュルジュ相談では、さまざまな困りごと相談を市民ボランティアが引き受け、それをNPO或は地域の民間事業者に繋ぐことで、一元的対応を可能としています。各世帯でのICTリテラシーの低下に関しては、コンシュルジュが民間通信事業者と協働してICTリテラシー強化の対応をする仕組みが考えられます。通信料金等は受益者が応分を負担する仕組みですが、公私のさまざまな主体が関わることにより公共インフラ的に設置すればそれ程の負担額にはならない筈です。

 

通信システムの確立により、「地域コンシェルジュ相談」の次のステップとして、上記ネットワークと在宅医療や介護のネットワークと繋ぐことも可能となり、共通のICTシステムを介し、「地域コンシェルジュ」が医療・介護関係事業者と連携して住宅にあるICT機器の利活用をサポートすることで、訪問介護・看護サービス、別居の家族などに24時間いつでも繋げることが可能となるのです。この地域型ICTネットワークシステムの導入により、利用者の在宅生活における必要な支援・サービスの幅が大きく広がり、その利便性の向上とともに、日常生活圏域の住み心地、ひいては圏域の価値が高まっていくことも期待できます。

 

在宅医療では、健康から要支援、要介護に至る高齢者から多量のデータを獲得でき、利用者のおかれた生活の中で、さまざまな生活活動と健康との関係性や在宅生活における医療、看護介護、生活支援との関係や影響度を24時間型システムで可視化し、より適切にサービスが活用されるようになります。将来的には「柏市24時間在宅医療情報連携基盤システム」と繋ぎ、AIを活用したセンサー機能や在宅におけるコミュニケーションロボット等の活用とも組み合わせつつ、更に包括的なシステムへの拡大を目指す「地域包括ケア情報共有システム」ともいうべきものへと発展させ、いわば「超高齢社会仕様のスマートシティ」ともいうべき大きな地域情報インフラを形成する流れを展望しています。【図17】

重要なことは、地域の住民が主体となり、丁寧な手順を経て、まずは地域の生活支援体制の基盤を構築することです。高度な個人情報管理システムが要求される中、多様化した高齢者のライフスタイルに対応ができるICTの利活用を本格的に推進するには、地域社会が違和感なく受け入れられるよう、住民や民間事業者、介護サービス、或は医療関係者による合意形成を得ながら進めることがポイントとなります。これにより、「住まい」「医療」「介護」「予防」「生活支援」の5つのサービスが情報システムを介して相互に繋がり機能するようになり、地域の一体運営体制を可能にする基本プラットフォームを築くことができるのです。このICTを利活用した豊四季台地域での日常生活圏のネットワーク化構想は、現在、国が推進する生活支援体制整備事業を基盤においており、全国の自治体でも応用ができるように設計されています。

おわりに

 健康寿命の延伸が叫ばれている中、2025年には団塊世代が後期高齢者になります。団塊世代についての対応を誤ると、首都圏を中心にフレイル高齢者の爆発的増加を生み出し、地域包括ケアの概念を根本的に揺らがせることになります。介護等各分野の専門職および行政、国民すべてがこのフレイル対策の趣旨をしっかりと理解した上で、従来の予防施策にフレイル予防の新しい風を吹き込むという、まさにパラダイム転換が強く求められているのです。日本各地で始まったフレイル予防を基軸とした新しい介護予防政策は、地域の豊かな人間関係と市民活動の好循環(ソーシャルキャピタル)構築の源泉になり、結果として介護給付の適正化、持続可能な介護保険制度の構築に資するものと確信します。

プロフィール

神谷 哲朗(かみや てつろう)氏

東京大学高齢社会総合研究機構 学術支援専門職員 

 

岐阜県出身。静岡大学理学部修士課程を経て1982年に花王株式会社入社。花王では研究開発部門、マーケティング部門でトイレタリー商品開発、

化粧品開発、海外事業等を担当。2012年7月退職し、同年8月から東京大学高齢社会総合研究機構の特任研究員として従事。

東京大学では元厚生労働事務次官の辻哲夫教授、当機構の飯島勝矢教授の下で、地域包括ケアのモデル事業の「柏プロジェクト」に参画し、高齢者の健康づくり、フレイル予防、生活支援サービス、在宅ケア、在宅医療関係の研究と東京大学の産学連携プロジェクトで高齢社会における産・官・学・民共同研究事業を担当してきた。

2020年4月より同機構、学術支援専門職員として従事。

全国自治体でのフレイルチェック事業の導入支援、自治体の総合事業の一環でフレイルチェックデータの利活用による介護予防政策支援、生活支援体制事業支援等に従事。