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柏プロジェクトにおける情報通信技術の活用

 柏プロジェクトでは、地域支援事業として在宅療養者とその家族を支援するために関係者が情報通信技術を効果的に活用する環境整備に力を注いできた。2011年に着手して10年が経過したが、これまでの効果や今後に期待することについて、当初から柏プロジェクトのメンバーで情報通信技術の活用を担当していた井堀幹夫氏にインタビューした。

情報通信技術を活用した多職種連携にどのような効果がありましたか?

井堀 幹夫氏
井堀 幹夫氏

 地域包括ケアシステムの完成度を高める上で最も大切なことは、療養者や家族を支援する関係者のチーム力で役割分担をする機能を最大化することです。チームの構成員は、保健・医療・介護・福祉分野の多職種の人たちであり、地方自治体や医療法人、社会福祉法人、営利法人など多事業者でもあります。また、医療保険や介護保険、地域福祉、健康増進など多様な法制度による事業が関連しています。そのため、組織や専門分野、法制度の枠組みを超えた効果的な連携方法の活用が鍵となります。

柏プロジェクトでは、在宅医療と在宅ケアにおける関係者の連携を深めるために地域の人たちの関係づくりとなる連携協議会や「顔の見える関係会議」、研修会などを繰り返し実施しました。その上で関係者間のコミュニケーションを活性化させ、必要な情報共有が容易となる情報共有システムを利用して、関係者の連携レベルを高めることで在宅医療と在宅ケアの質向上を図りました。また、多職種が連携することで事務的な手間が掛かってしまい本来の業務に負担が生じないようにするため業務フローのあり方を検討しました。特に重視したことは、医療職や介護職の多職種の人たちが、どのような場面で何の情報をどのような方法で共有すると効果があるのかをケーススタディにより検証して標準化することでした。そこで全国1176団体が実際に共有している情報や共有者の職種、療養者の疾患による違いなどを調査しました。その結果、在宅医療と在宅ケアの多職種連携で共有する情報は237種類が必要であると定めて、情報共有システムを利用して効果があった事例や問題の事例を洗い出し、定期的に実施する検討会で確認していきました。

 

 

情報共有システムの利用による多職種の連携効果は期待どおりでした。その一つは、チーム構成員のコミュニケーション件数が飛躍的に増えたことです。2年後には、425人の多職種の構成員(看護師24%、介護士20%、医師18%、介護支援専門員16%、理学療法士・歯科医師・薬剤師22%)が、療養者のケアに効果的な情報を共有することで連携を深めるようになりました。療養者の身体・精神的な状態や生活状況などを関係者全員が24時間どこにいても把握できるようになったため、ケアの質が向上しています。それは、療養者の健康状態の変化を迅速かつ正確に把握して、チーム構成員の相互協力、相談、助言、依頼、指示が平準化され質の高いケアに活かされるようになったからです。また、事業所によっては、多職種連携による事務処理が1カ月に約133時間削減されたことで、多職種が連携する件数を1.8倍増やすことができたところもあり、業務の効率化にも役立っています。

情報通信技術を活用した多職種連携における課題にはどのように対応していますか?

 課題は、情報技術の活用スキルと互換性のないシステム間の連携に関すること、そして、個人情報保護に関することでした。活用スキルについて、利用するデバイスは、日常的に利用されているパソコン、タブレット、スマートホンを選択して利用できるようにしました。表示する情報は文字だけでなく音声や写真、動画、図表を用いて、誰もが使いやすいヒューマンインターフェイスを追求しました。システム連携については、期間を限定した実証試験を試みて互換性のないシステム間のデータ連携を行いましたが、業務処理のぺーパレス化や標準化ができないことから、実用化されていないところがあります。その要因として、技術的にはシステム連携によるデータ交換が可能であっても、制度や業務プロセス、セキュリティポリシーの違いによる調整ができないこと、システム連携により業務全体を最適化するという社会的なコンセンサスや共用できる連携基盤が整っていないことが挙げられます。

 

個人情報保護に関する課題については、柏プロジェクトでは当初から重視して積極的に取り組んできました。個人情報保護は、関係者全員がどのように対応しなければならないのか、その正しい知識をしっかり習得し、その上で、全員が参加して、個人情報を適切に管理する組織的・技術的・運用的な対応レベルを継続して高めることが必要です。柏プロジェクトでは、毎年、地域の関係者を対象に個人情報保護に関する事例研修を実施しています。昨年は新型コロナウイルス過であったことからeラーニング方式による研修を実施しました。 

 

新しく試みたeラーニング方式では、その特性を活かして受講者の都合のよい時間帯に少しずつ何度も学習できる機能や習得した内容を自己診断できる機能、わからないことがあれば質問できる機能を用いて、実務に役立つスキルを高めるカリキュラムで昨年実施しました。結果、その研修には地域内の135事業所228名(14職種)の方々にご参加いただきました。研修時に実施した効果測定では、個人情報保護の実用的な対応について理解度を高める効果が確認できました。

地域には、個人情報保護に留意しなければならない地域包括ケアに関係する事業所が、433箇所あります。そのうちの135事業所の参加ですので、参加率約31%と少なかったのです。2014年に開始した対面方式による集合研修の事業所の参加率は約84%でしたので、比較するとかなり減少してしまいました。一方でeラーニング方式の参加人数が228名で過去最高となりました。今年度は、研修内容をさらに充実し、関係者への周知を徹底させて、もっと増えるように計画しています。

これからの地域包括ケアシステムの進展にどのような期待をしていますか?

 地域包括ケアシステムは、これまで保健・医療・介護・福祉分野に従事する事業者の連携を充実させる業務に情報通信技術を活用していましたが、これからは、個人の健康生活に活用される情報通信技術の普及により本人や家族、住民組織、NPO法人等の関係者の連携や活動の充実が期待できます。生活における情報通信技術の活用は、データヘルス改革が進展することになり、個人の健康状態や健康行動、健康リスク管理に必要なデータの収集や活用を充実させることができます。

 

2年前から認定NPO法人健康都市活動支援機構では、人々の健康を支援する地域データヘルス事業に取り組んでいます。全国各地域の地域包括ケアシステムの優れた取り組みが普及し、地域課題の解消に役立つ支援をすることが事業の計画です。今年度中には、第一弾として、地域住民が利用する健康手帳サービスと地方自治体の保健師等の職員が利用する健康・介護台帳サービスをネットワークに接続して、両者が連動して住民の健康を支援する「G to C」の新しい健康サービスを提供します。

プロフィール

井堀 幹夫(いほり みきお)氏

地方公共団体情報システム機構 地方支援アドバイザー

東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員

認定NPO法人健康都市活動支援機構 理事

 

1948年 京都府京都市生まれ

1972年 千葉県市川市入庁。市川市基本構想や総合計画策定、電子行政サービスによる行政改革や地域情報化推進に従事し、情報システム部長を経て情報政策監(CIO)を最後に2010年12月に退職。電子地方政府構想委員会など国の電子行政に関する委員を歴任。2010年10月情報化促進貢献により総務大臣表彰を受賞している。

2011年 東京大学高齢社会総合研究機構 特任研究員

2014年 地方公共団体情報システム機構 理事(非常勤)

2018年 地方公共団体情報システム機構 地方支援アドバイザー