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スマートホスピタル構想の実現に向けた実証実験

産官学の共同で健康寿命の延伸と生涯現役社会をめざす

 「人生100年時代」と言われるなか、健康で生きがいを持ち続けて暮らせることが誰にとっても重要だ。予防を含めた医療の充実が欠かせないが、医療従事者数には地域差がある。期待されるのが、最新技術を用いた医療サービスだ。愛知県新城市は、IoTを活用した医療現場の安全・安心と業務効率化に向けた実証実験を2019年12月~2020年9月に産官学共同で実施した。

奥三河メディカルバレー構想

安形司氏(向かって右)と半田裕氏
安形司氏(向かって右)と半田裕氏

 医療・介護の需要は、団塊の世代が75歳以上になり、人口の約2割を占める2025年に最大化するとされる。医療従事者不足が深刻化するため、現場の業務効率化や安全性向上、患者サービスの向上は喫緊の課題だ。特に少子高齢化が進む過疎・中山間地域で切実である。対策に向け、2018年8月に愛知県新城市と名古屋大学が「医療、健康維持等に係る包括的な連携推進に関する協定」を締結した。新城市民病院医療技術部運営部長の安形司氏(産学官連携推進室長を兼務)によると、目的は健康と医療の分野における研究、教育、産学官連携を推進し、国と地域の発展に寄与することだ。包括協定に基づくプロジェクトが「奥三河メディカルバレー」である。新城市民病院を拠点とし、医療現場の課題解決と高齢者ら住民の健康管理や治療に役立つ技術開発を目指している。

美しい棚田が広がる中山間地
美しい棚田が広がる中山間地

 同市がプロジェクトの対象に選ばれたのは、高齢化と過疎に悩む地域での新たな医療研究モデルになるためだ。人口は約4万4400人(2020年11月現在)で、65歳以上の高齢化率が34・8%と県内で最も高い。一方、市域は県内2番目の広さで、84%を中山間地が占める。山間部には医療機関が少ないため、医療圏の人口約5万人の大半を同病院が支えねばならない。

実証実験の内容と成果

 奥三河メディカルバレー構想の一環として行ったのが新城市民病院における「スマートホスピタル」の実現に向けた実証実験である。共同開発者として、民間企業からは大成建設株式会社、株式会社NTTドコモ、シスコシステムズ合同会社が参画。「入院患者の安全と見守り」をテーマに、IoTの活用によりスタッフや患者の位置情報と患者のバイタルサインを可視化・閲覧できる基盤整備と医療デバイスの評価を行った。

テーマの背景には、深刻な医療従事者不足がある。病院では特に夜間を小人数で対応せざるを得ず、患者の転倒による重大事故へのリスクを抱えているためだ。

「目が届かない場所やトイレで倒れた場合、発見に時間がかかる恐れがあります」と安形氏。認知症患者が無断離院してしまうと、病棟の看護師が総動員で探さねばならなくなる。

実証実験は地域包括ケア病棟で行われた。大成建設がシステムの企画・設計、課題・ニーズの分析を担当。シスコシステムズ合同会社が提供するメッシュWi-FiネットワークとIoTゲートウェイ機器を設置し、病院スタッフや患者に装着したリストバンド型のウェアラブル・デバイス経由で位置データやバイタルデータ(心拍数、歩数、活動量、転倒や歩行や睡眠等の活動状態)を取得する。データはBLE(Bluetooth Low Energy:低消費電力型無線通信)の通信電波とネットワークルーターを介してNTTドコモの通信回線からクラウド上のプラットフォームに送信、蓄積される。データは可視化され、パソコンやスマホ等端末を問わず、指定時間、日付、期間単位毎にいつでも閲覧可能だ。

入院患者にバイタルデータを説明
入院患者にバイタルデータを説明
デバイスからのデータをスマホで確認
デバイスからのデータをスマホで確認
データを検証するプロジェクトチーム
データを検証するプロジェクトチーム

データはBluetoothとネットワークルーターを介して通信回線からクラウド上のプラットフォームに送信、蓄積される
データはBluetoothとネットワークルーターを介して通信回線からクラウド上のプラットフォームに送信、蓄積される
デバイスからパソコンに送られた転倒メッセージ
デバイスからパソコンに送られた転倒メッセージ
システムの構成図
システムの構成図
可視化された位置データ:正確な現在位置の推定、指定した日付や時間帯での移動軌跡、滞在場所や時間が、対象者ごとに区分した色のグラデーションで表示される。
可視化された位置データ:正確な現在位置の推定、指定した日付や時間帯での移動軌跡、滞在場所や時間が、対象者ごとに区分した色のグラデーションで表示される。

リハビリテーションでの実証結果

 バイタルデータの可視化はリハビリでも役立つ。同病院医療技術部主任技師の半田裕氏は「患者の歩数・活動データがリハビリ成果の目安になります」と語る。「従来活動量は直接観察したり、患者さんからの申告により把握していましたが、本システムにより客観的に把握することが可能になりました」。客観データの共有は医療従事者同士だけでなく、患者とのデータ共有もしやすく、改善データの患者との共有はリハビリに対するモチベーションアップにも有効だ。「今回は高齢者が対象でありデバイスの積極的な装着が不安視されましたが、意外にも面白そうだと興味を持ってもらえました」。

 

次のステップは遠隔で病院と家庭を結ぶことだ。新城市は実証実験に続き、総務省の2020年度「地域課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に申請し、採択された。テーマは「へき地診療所における中核病院による遠隔診療・リハビリ指導等の実現」だ。新型コロナの影響もあり遠隔医療がますます注目される中、同市の取組みが新しい医療を切り開こうとしている。

可視化されたバイタルデータ:脈拍数や歩数等が 1 日単位や履歴単位でグラフ表示される。
可視化されたバイタルデータ:脈拍数や歩数等が 1 日単位や履歴単位でグラフ表示される。

産官学による取組み

 今回の実証実験では大成建設株式会社が予算管理を含めて課題やニーズの抽出、システムの企画、設計、実証の推進まで担当した。

同社医療・医薬営業本部医療施設計画部長の松田祐晴氏によると、社内には以前からAIやIoT、ロボティクス等先進技術を使ったビジネスモデルを開発する複数のワーキンググループがあったという。その中の一つがスマートホスピタルのグループで、2018年末から活動を開始した。

実証実験テーマの抽出

 最初に行ったのがブレーンストーミングだ。「次世代型医療施設はこうあるべき」との仮説に基づき、ソリューションに向けた382のアイデアを抽出した。続いて10か所の病院でアンケートやヒアリングを実施。ユースケース(患者の目的や要求およびそれらに照らし合わせたシナリオ)を50に絞り込む。それらを基に作成したのが「ジャーニーマップ」で、横軸に時系列での移動経路を、縦軸に困りごとや課題、解決策を記していった。

マップではユーザー課題の洗い出しと解決することのインパクトの大きさ、施策について整理を行い、外来・病棟それぞれの重点取り組みテーマを抽出した。最終的に導き出した7つの重点取り組みテーマの一つが「病棟の見守り、事故の未然防止」だ。現場の人手不足に伴う患者の「離床」「離院」が原因で起こるインシデント(ヒヤリハット)をAIやIoTで防止できないかと考え、実証実験対象として選定した。

フィールド対象となる病院を模索する中で候補となったのが、奥三河メディカルバレープロジェクトだ。産官学の連携内容で関係者のメリットが一致し、新城市民病院で「スマートホスピタル」の実証実験が行われることとなった。

同社は、スタッフや入院患者の動きを可視化するとともにバイタルや歩数のデータを取るためのウェアラブルデバイスを提案。ネットワークの環境設備やソフトウエアの開発も先導した。

「スマートな健康都市づくり」に向けて

 総合建設業を本業とする企業がなぜこの分野に取組むのか。同社エンジニアリング本部医療施設プロジェクト室シニアエンジニアの小倉環氏は「病院をはじめこれからの建物は、計画・設計段階で最先端技術を前提とする必要があります」と語る。例えば省人化の目的でロボット搬送を想定する場合、ロボットが人と共働するロボットフレンドリーな施設計画が必要となる。次々と技術革新が起こる中、建設業として先進的ICT※技術(ソフト)と施設(ハード)が融合した施設を設計・施工するのは当然の流れという。「竣工後に建物を引渡して終わりではなく、30~40年と長くご利用頂く施設に対して、AIやIoTといった技術を活用して、長期的に係りながら付加価値を提供し続ける、O&M(オペレーション&メンテナンス)をキーワードとした、サービスを提供していきたいと考えています」。

 

さらに病院を核とするまちづくりへの役割がある。松田氏は「病院内の業務効率化と患者サービスの質向上を推進し、スマートシティと連携することで、地域社会の中でシームレスにヘルスケアサービスを受けられるためのインフラ構築を目指しています」と延べる。5Gの整備が進む中、ICTとまちづくりが融合した「スマートな健康都市づくり」への期待が高まっている。