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ウィズコロナの時代の病院経営❷

 本特集の後半では、危機管理下における実務担当者の具体的な取組みについて、オフィス・J メディカル代表で医療系経営コンサルタントの名倉敏信氏に自身の経験と実績を踏まえて執筆いただいた。

「今そこにある危機」をどう乗り越えるのか

寄稿 名倉  敏信氏

はじめに

名倉 敏信氏
名倉 敏信氏

 新病院の建設は数十年に一度の大イベントです。病院内の経験者は皆無か、いてもごく少数だと思います。では、自治体病院の再編成の場合はどうでしょうか?庁舎内または病院に特命部署が立ち上がり、病院の運営や経営についての経験がない職員が任命されることが予想されます。

本稿はそうした状況を想定しています。筆者の経験(医療法人の事務局長や病院経営のコンサルタント)に基づき、持続的な病院経営を達成するために何を優先すべきかを、「コスト削減・抑制に関する具体的取り組み」と「危機に対応するBCP※策定の必要性」の2つのテーマで執筆しました。

コスト削減・抑制に関する具体的取り組み

 建設費や、医療機器、ICT等のネットワーク整備、備品に対する投資額は病院経営の中で

最大規模を占めますが、経営の持続性を無視した投資がその後の経営の負担となっている事例が数多く見られます。

「地域医療構想」に基づく公的病院の再編成、または民間病院の建て替えでは、持続可能な経営を踏まえた事業計画が不可避です。重要なのが将来予測です。現在、コロナ禍で外来患者の受診控えが定着し、多くの医療機関の経営が大きなダメージを受けています。コロナ禍以前の水準に戻るのは難しいといえるでしょう。

また、国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授はフランスの事例研究をもとに、「団塊の世代における人生の終末期は劇的に変化する」と指摘した上で、延命治療に対して「胃ろうや経管栄養を行うことなく、自ら自然な死に方を望む方々が増大する」と予測しています。長期的には、

医療機関の役割や病床の需給バランスに影響を与える要因になると考えられます。

建設費の抑制

 筆者が施主側として携わり2013年に竣工した熊本の民間病院では、CM※を採用しました。発注者の立場に立ったCMr※が設計、発注、施工の各段階において専門的なアドバイスを行う建築生産方式です。

CMrが当方の要求達成のために導入した発注方式がECI※です。プロジェクトの設計段階から施工予定者(建設会社)が関与し、その技術力を設計内容に反映させることで「品質の向上」、「コスト縮減」、「工期短縮」を図るものです。

当該病院のケースでは、この方式により2キロ離れた移転先の土地の購入、建築、そして医療機器購入等を包括する総事業費をあらかじめメインバンクと設定した上限以内に抑えることができました。

医療機器・備品の購入コスト抑制

 必要な医療機器をより低価格で購入するためには、医療現場の経営への理解と協力が不可欠です。自治体病院では、現場の強い意向により、特定の機種に固めてしまう入札が少なからず見受けられますが、適正な価格で購入できているのかは疑問です。

コンサルタントとして携わった公的病院2例の統合・再編では、「徹底した透明化」、「コスト重視」、「移設に伴う購買額の抑制」の方針のもと、いずれも行政が主体となり入札や公募プロポーザルを実施しました。

大型の医療機器については、現場の意見を参考に原則2社以上の選択肢を設け、コンサルタントが助言や仕様書作成支援を行いました。リハビリ機器や、透析機器、生体モニター、ベッド類については、市場シェアの高いメーカーをグループ化して入札をかけました。グループ内では各機器・備品が同等であることを条件とし、細かく確認しています。手間と時間はかかりますが、落札された機器や備品が「安かろう悪かろう」となることを避けることができ、かつ、現場スタッフの満足を得る有効な方法でした。

施設の総合管理導入

 空調やボイラー、消防、医療ガス供給などの設備に対する保守や監視、清掃、警備・保安業務、植栽管理等の業務については、専従もしくは複数の職員で分担する個別管理を行なうことが多いと思います。しかし、無駄が多いことも確かです。

総合管理方式を新病院でのLCC(建物のライフサイクルコスト・生涯費用)管理、ICT(感染対策チーム)と連携した清掃業務、そして災害

時のBCP対応などに導入すれば、ワンストップでの管理が可能となります。委託費用は発生しますが、設備関連の見積もりが適正かどうかの評価や業者との価格交渉が強化され、保守費用を削減できるようになります。さらに個別管理において職員が要していた労働時間に費用対効果が出ることもあり、検討に値します。

給食提供業務(ニュークックチル方式の導入)

 従来型の「クックサーブ」は、給食提供を院内の厨房で完結させ、作り立ての状態で提供する方式です。欠点は、調理現場で多量の盛り付けを行う間に料理が冷めてしまい、適温提供が難しくなることです。加えて、調理人の技量による品質のばらつきと、流動性が高い厨房職員の確保や労務管理等の課題もあります。

一方の「ニュークックチル」は、外部のセントラルキッチンからチルド材料を納入する方式です。院内の厨房ではチルド状態で盛り付けを事前(朝食は前日夜)に行い、再加熱カートにより配膳時間直前に加熱します。そのため、提供数の多い病院でも適温提供が可能です。また、再加熱カートのタイマー稼働により早朝出勤の大幅緩和が図られます。さらに、調理作業がほぼなくなることから、多くの調理機器や設備のスペースが不要になり、建築コスト抑制にもつながります。

「今そこにある危機」に対応するBCP

「BCP作成例」の活用

 2020年4月に出された緊急事態宣言の根拠規定となっていることで国民の誰もが知るところとなった特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)が、2013年に施行されました。それに基づいて全ての医療機関において診療継続計画BCPが求められています。現在までにほとんどの医療・福祉施設が対応しているに違いありません。

とはいえ、「漏れなく」、「ダブりなく」、「遅滞なく」対応するためには、厚生省科研事業が2013年に作成した「新型インフルエンザ等発生時の診療継続計画づくりの手引き(以下「BCP作成例」)が有効です。「BCP作成例」に沿って対応を振返ることで、抜けていた項目を気づかせてくれるためです。

「BCP作成例」は、新たな感染症の発生により起こりうる様々な事象に対して、自院の全職員が「何に基づいて」、「どう判断し」、「どうアクションを取るのか」について主に次の指針を示しています。

  • 自院の役割や方針を確認または明確にし、発生の段階に応じてどう運営していくのか。
  • 感染の段階が進み、自院のスタッフや家族に被害が発生した時に、どの診療業務を優先させ、何を諦めるのか。
  • 他の医療機関との連携をどうとっていくのか。

等々、対応に必要な多くの項目がすべからく網羅されています。

ちなみに、2020年2月某日、著者が以前所属していた病院の職員に陽性者が出たことをニュースで知りました。すぐに看護部長に連絡し、BCP作成に関する情報をEメールで送りました。当該病院は、その後の行政との緊密な連携と迅速な対応で、無事拡大を防ぐことができ、対応の好事例としてメディアに取り上げられています。また、徹底した情報公開をすることにより、地域での信頼をむしろ高めたと聞いています。筆者も公開された情報からではありますが、BCPに準じた対応を漏れなく、遅滞なく行なっていたことを知ることができ、改めてBCP策定の重要性を認識しました。

 

以下、BCPの中でも特に重要な項目について、経営コンサルタントとして支援している医療法人において現在実践している内容を交えながら説明します。

 

自院の役割と事業継続の優先順位

 BCPの作成は、自院の役割を明確にすることから始まります。理念的な役割ではなく、人的、機能・設備的、専門的な応需能力を踏まえた役割、つまり現在の状況を正しく反映した役割を認識する必要があります。その上で、感染拡大期においても通常時と同様に継続すべき診療業務「優先度A」、一定期間又はある程度の規模であれば縮小できる診療業務「優先度B」、そして緊急の場合を除き延期できる診療業務「優先度C」に区分けすることとなります。

ガバナンスの強化

 非常時においては、意思決定の体制を明確にする必要があります。ガバナンスが弱い病院は、非常時に対策本部を立ち上げる段階でその弱さが露呈する傾向があります。組織図が描けない、または描いても現状に合わない医療機関が多いのではないでしょうか。たとえ強いリーダーシップを持つ病院長がいても、今回のように感染拡大が長期にわたる過程では、トップが罹患して機能しなくなることが十分予想されます。最終的なジャッジは誰が行うのか、先々の状況を想定することが重要です。

筆者がこれを執筆している時期は、そこかしこの医療や介護の現場で、職員、同居家族、患者、施設利用者に感染者あるいは濃厚接触者が発生し、その都度対策に追われている状況です。その時は大事に至らなくても、いざという時がいつ来ても不思議ではありません。「優先度A」の医療・介護サービスを提供し続けるために、検査結果が出る前の段階でも取るべき対策を想定して、フォーメーション(臨時体制)を整えておくことは大切です。

次に示す役割をどの時点で誰が担うのか、あらかじめ決めておくだけでも「いざ」というときの動きが違ってきます。

  • 保健所等行政との窓口
  • 組織トップ(意思決定権者)への「報・連・相」
  • 情報収集
  • 外部からの問合せ対応
  • ホームページ等によるパブリックを含む外部関係者への情報発信
  • 患者や家族への状況説明や健康状態の問合せ

I C T環境の整備

 I C T(情報通信技術)の遅れを指摘される医療機関にも、待ったなしの効率化が求められています。情報の周知は万全でしょうか?院外にいることを理由に緊急を要する情報共有が遅れたり、漏れたりすることはないでしょうか?緊急事態に幹部がリモートで院内ネットワークにアクセスできるのでしょうか?

前述の医療法人では、幹部職員と定期的な会議や不定期な対応にZoomやTeamsを頻繁に利用しています。会議や打ち合わせを行う環境は、コロナ禍前の状況から一変しました。同じ建物内にあっても、別々の部屋やスペースで打ち合わせをすることで、狭い会議室での三密を回避することができます。

それらを一つ一つ試行する中で、不具合も出てきました。既存P Cがデスクトップ型中心のため、固定した場所(机)でしか対応できないこと、P Cカメラを都度装着しないといけないこと等、リモート業務化ならでは課題が見えてきました。8つの事業所を運営している当該医療法人では、幸いにも職員向けにWi-Fi環境が全ての事業所で整備されていたことから、業務効率化の先行投資として全ての幹部職員とほぼ全ての事務系P Cをノート型P Cに交換しました。

情報の共有化

今までは感染対策に関わる細かな情報や日常の経営や運営に関わるデータを共有するためにEメールを利用していましたが、シフト勤務の医療や介護の現場スタッフ、幹部等でタイムリーに情報共有することに限界がありました。現場を離れていても、休日でも、情報にアクセスしたり、発信したりする必要が出ています。

当該医療法人では、前項のP Cノートブック化を機に、クラウド型のグループウェアを導入しました。グループウェアの使用が活発になればなるほど、情報や知識が共有され、組織力が強化されることが期待されます。

清掃、給食、警備等の委託業者のBCPの確認も重要です。委託業者の管理責任者と業務の質向上会議などを日頃から定期的に実施することにより、組織同士のコミュニケーションが確立されます。医療機関の職員と作業動線を一つにすることの多い委託業務従事者との感染対策意識や行動の共有、そして陽性者発生やその可能性があるなどの非常時にも迅速な情報共有が可能になります。

これらの取り組み以外にも、BCP作成例には様々な項目が網羅されています。留意すべきは、完璧なBCPを作ることが目的ではないことです。ただし、コロナ禍という「今そこにある危機」に対して自分たちは何が足りないか、どのような準備が必要かを早期に把握する必要はあります。不足している項目の優先順位を決め、早期かつ着実に取り組んでいくことが重要です。

 

以上、概要ではありますが、病院の建築計画に関連した長期的視点と、次から次へと発生する問題への対応という短期的視点で述べさせていただきました。持続的かつ安定的な病院経営についての一考になれば幸いです。

プロフィール

名倉  敏信(なぐら  としのぶ)氏

 

1966年生まれ。

1991年 神戸大学経済学部経済学科卒業。日本航空株式会社入社

2006年 国際医療福祉大学大学院修士課程修了(医療福祉経営専攻)。医療法人堀尾会入職

2015年 オフィス・J メディカル(医療系経営コンサルティング業)開業、代表に就任

 

医療法人では新病院建替えプロジェクトに際して、事業計画の立案と移転先の敷地購入、資金調達を担当。事務長としては、収支目標の策定・管理、財務管理、業務改善、人事評価制度構築、リスクマネジメント、診療報酬改定対応、建物・設備の LCC(ライフ・サイクル・コスト)管理等を担当した。

現在はコンサルタントとして、医療機関の経営改善、事業計画策定、財務戦略策定、病棟建替計画策定支援、統合再編計画実行等の支援業務を行っている。