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自治体病院の統合と機能分化❻ ~静岡家庭医養成プログラム~

 家庭医(総合診療医)は地域医療のニーズとともに医師の不足や地域偏在を解消する役割を担っている。家庭医の役割と育成について静岡家庭医養成プログラム(SFM)の責任者で浜松医科大学地域家庭医療学講座特任教授の井上真智子氏にインタビューを行った。

家庭医療で地域を支える

家庭医と総合診療医はどう違うのでしょうか?

井上真智子氏(浜松医科大学地域家庭医療学講座特任教授)
井上真智子氏(浜松医科大学地域家庭医療学講座特任教授)

 ほぼ同じ意味で使われますが、認定組織が異なります。前者の制度は、2006年に日本プライマリ・ケア連合学会の前身である日本家庭医療学会が発足しました。この制度による有資格者と研修中の人は全国で1300人程です。一方の後者は日本専門医機構が発足した制度で、2018年から始まった新専門医制度と同時に研修が開始されました。約600名が研修中ですが、開始が2年前なので、まだ資格を持つ医師はいません。

 

日本には資格を持たなくても自助努力によりジェネラリストとして活躍している医師が大勢います。しかし、得意・不得意分野があることは否めません。資格制度と研修プログラムが整備されたことで、不均等だった家庭医療の質が一定レベルに安定することが期待されています。

米国と日本との違いはどこにあるのでしょうか?

米国では1960年代から家庭医養成制度が発達しました。認定後も更新試験があり講習も充実しているため、高レベルの質が保たれています。医療制度のもと、国民は家族ぐるみで登録した家庭医で定期的に健康診断を受けねばなりません。医師は生活習慣から家族問題まで時間をかけて問診、診断し、必要に応じて高度医療を提供する病院を紹介します。症状に合わせて異なる医療機関を選ぶことができるフリーアクセス制度の日本とは、医療へのかかり方が大きく異なります。

 

家庭医に求められる能力や役割とは?

 患者が抱えるどのような健康問題や相談に対しても真摯に向き合って診ることです。米国の家庭医は"I am specialized in you."(私はあなたを専門にしています)をスローガンに掲げています。「私は関係ありません」と言って見放さずに、どんな状況でもまずは受け止め、できることを検討する。できないことは適切に他の医療機関を紹介し、行政や地域資源と連携しながらベストを尽くすことです。このことはプライマリ・ケアにおける「ACCCA」(※)の原則にもなっています。

 

患者一人ひとりにとって、ベストな医療をコーディネートするのも家庭医の役割です。特に高齢の患者は多疾患併存の傾向が強く、疾患別に医師にかかると薬がどんどん増えてしまう。そうした「ポリファーマシー」による副作用の危険性が社会問題になっています。家庭医としては「生活に一番影響している症状はこれなので、その症状を和らげる薬を服用しましょう」と優先順位をつけることが求められ、そのためには容態と生活の両方を把握する必要があります。

 

メンタルヘルスも重要です。家庭医はクリニックの診療科目として内科、外科、小児科、整形外科、産婦人科、皮膚科、リハビリテーション科、そして心療内科を標榜しており、うつ病や不安障害、パニック障害、不眠症といった状態の患者がよく訪れます。多くの場合、身体と心の問題をはっきり分けて治療することは困難であり、家庭医の能力が問われる場面です。自殺のリスクが高いといった重症者は精神科を紹介しますが、軽症者を診るトレーニングは十分積まねばなりません。

※ACCCA:近接性Accesssibility,継続性Continuity,包括性Complehensiveness,協調性Coordination,説明責任 Accountability

SFMはそうした能力を育成しているのですね。

 現在、15名の研修医を対象に「子宮の中から天国まで」をキャッチフレーズに、家族ぐるみのかかりつけ医として全科診療を提供しています。グループ診療による共同学習とチーム医療による患者ケアの質の改善が基本です。例えば外来診療の指導(プリセプティング)では、教育担当の指導医が常在し、専攻医の症例について家庭医療の様々なツールを利用しながらディスカッションを行います。その他、外来診療の振り返り、月1、2回の外部講師による特別講演、浜松医科大学とミシガン大学家庭医療科による研究とプロジェクトへのサポート、定期的なメンタリング等、教育体制が充実しています。

 

地域に対しては、最後まで住み慣れた地域で暮らせる地域包括ケアを目指し、患者や家族の人生に寄り添う在宅ケアや在宅ホスピス等を行っています。SFMでは特に、高齢者医療、在宅緩和ケア、人生の最終段階における意思決定、女性医学が充実していますが、現在は浜松医科大学遺伝診療部、臨床心理士、薬剤師とのプライマリ・ケアにおける連携等新たな取組みも出てきています。

医学生の振り返り
医学生の振り返り
プリセプティング
プリセプティング
外来診療
外来診療

研修医への指導で最も重視している点は?

 患者や家族と話し合いながら一緒に目標に向かう、柔軟な姿勢です。医学的にこうすべきだと思っても、経済的な理由や生活習慣に阻まれることがよくあります。困窮で医療費が払えない、偏食で糖尿病を制御できない等のケースです。そうした患者に対して一般に医師は「疾患を治す」ことに努力しますが、家庭医は「一人の人間として向き合う」ことを重視します。一筋縄では解決できない家庭や社会問題が根本にあり、医師としてできることは限られています。それでも一緒に悩み、考える関係を維持すると、何かの拍子に展望が開けることがよくあるのです。

 

一人では難しい場合、グループでの取組みが有効です。この点、最近のオンライン研修は思わぬメリットをもたらしています。教室よりもディスカッションが活発なことです。発表者が抱える困り事に対して全員が所感やアドバイスを出し合い、お互いに学び合うサイクルが生まれているのです。医学的な内容以外でも、家庭環境で困難を感じた理由や気づき等を話合い、医師としての成長につなげています。